2008年度秋から、大阪でアサーティブネストレーナー養成講座が始まります。
今年度は第7期になります。1999年、任意団体の時に小さなグループで始まった第1回目から数えて、7回目となりました。
これまで6回の養成講座を振り返ってみると、アサーティブネスを取り巻く状況も「伝え手」の意味も、確実に変化してきたことを痛感します。
「アサーティブネス」という言葉の知名度が上がったことにより、私たちの団体にアサーティブネス研修が依頼されることが飛躍的に多くなりました。2007年度の主催講座だけでも延べ950名が参加され、また全国各地の団体に講師派遣を行った結果、研修や講演でアサーティブネスを学んでくださった方は、7,500人を超えました。
これだけ多くの方に、「アサーティブネス」という言葉の理念や方法を知っていただき、言葉の知名度がぐっと上がってきた結果、多くの方々が「アサーティブネストレーナー」になることを希望されるようになっています。
法人も5年目に入りました。私たち自身、アサーティブジャパンのミッションとは何か、誰に対し、何のために、アサーティブネスを伝えていきたいのか、どのような方に「伝え手」となっていただきたいのか、どんな方々が、アサーティブネスを本当に必要とし、アサーティブネスを知ることによって、本来の力を取り戻していけるのか。
そんなことを、くり返し問い直しているところです。
社会はますます複雑になり、10年前に比べるとアサーティブネスが役に立つ意味や意義も変化してきました。
15年ほど前の、「ものが言えない人」が「言える人」になるという、個人のエンパワメントや権利意識の向上だけではなくなってきました。社会の格差が広がり、アサーティブに「ものが言える」ことが求められるだけでなく、社会のどの位置にいたとしても、人間としての「対等な」視点をもって生きることの重要性をしっかりと考えなければならない時代に、私たちは生きていると思います。
人が「ひと」として尊重され、一人の対等な人間として対話ができる社会とは何か。そのために私たちに何ができるかを含めて「伝え手」となることを、私たち一人ひとりが深く認識する必要があるのでしょう。
アサーティブネスの「伝え手」として一緒にやってくださる方、ぜひ講座に参加してください。皆様の熱意と参加をお待ちしています。
アサーティブネストレーナー養成が始まります
「思い」はなかなか伝わらない
日本語は、ストレートな表現をなるべく避けながら、相手に自分の思いを伝えようとする言語構造のようです。そのため、日本語で「○○と思う」とか「○○な気がする」という表現をアサーティブな表現にして伝えようとすると、しばしば混乱が起きてしまいます。
英語であれば、「自分の考え」を述べるときは「I think ・・・」で始まりますし、「自分の感情」を伝えるときは「I feel・・・」で始まります。
Thinkの後には自分の考えが来ますので、気持ちとごっちゃになることはあません。
しかし、日本語でよくあるのは、「○○だと思う」とか、「○○のような気がする」という表現です。
例えば。
「最近仕事のミスが続いているが(事実)、何か悩んでいることがあるんじゃないかと思ってるよ(感情)。何かあったら相談してください(要求)」
この「思う」とは、「I wonder」という推測(考え)、あるいは「I see you・・・」という状況描写の表現であって、感情の言葉ではありません。
感情表現となると、「I feel concerned(心配している)」となるはずです。
このように、「気がする」とか「思う」を感情の言葉であるとすると、自分の本当の気持ちがわからなくなってしまいます。
日本語には、擬態語や季節描写のような言葉はすばらしく豊かな表現がありますが、こと自分の感情表現となると実際に使える言葉は比較的少ないようです。感情の言葉を自分の中で「使える語彙」として持っていないと、感情を的確に言葉で表現できずに、それが不適切な態度になったり、相手への罵倒の言葉となってしまう危険性があるのではないでしょうか。
自分の思いを相手に的確に伝えたいのであれば、なるべく伝わる言葉で具体的に、そして気持ちは気持ちとして表現できるようになるといいですね。
英語であれば、「自分の考え」を述べるときは「I think ・・・」で始まりますし、「自分の感情」を伝えるときは「I feel・・・」で始まります。
Thinkの後には自分の考えが来ますので、気持ちとごっちゃになることはあません。
しかし、日本語でよくあるのは、「○○だと思う」とか、「○○のような気がする」という表現です。
例えば。
「最近仕事のミスが続いているが(事実)、何か悩んでいることがあるんじゃないかと思ってるよ(感情)。何かあったら相談してください(要求)」
この「思う」とは、「I wonder」という推測(考え)、あるいは「I see you・・・」という状況描写の表現であって、感情の言葉ではありません。
感情表現となると、「I feel concerned(心配している)」となるはずです。
このように、「気がする」とか「思う」を感情の言葉であるとすると、自分の本当の気持ちがわからなくなってしまいます。
日本語には、擬態語や季節描写のような言葉はすばらしく豊かな表現がありますが、こと自分の感情表現となると実際に使える言葉は比較的少ないようです。感情の言葉を自分の中で「使える語彙」として持っていないと、感情を的確に言葉で表現できずに、それが不適切な態度になったり、相手への罵倒の言葉となってしまう危険性があるのではないでしょうか。
自分の思いを相手に的確に伝えたいのであれば、なるべく伝わる言葉で具体的に、そして気持ちは気持ちとして表現できるようになるといいですね。
桜の季節に思う
今年も、アサーティブジャパンの事務所のある東京都国立市の桜が満開となりました。
何年かの海外在住の時期を除いて、学生時代からずっとここ国立市に滞在して、いったい今年で何年目になるでしょう。学生時代に親しんだ国立駅の赤い駅舎はもうなくなりましたが、駅の改札口から見える桜は、何度見ても息を呑むほど美しい風景です。
そんな桜の時期に、北海道の古い友人からお手紙をいただきました。
北海度の札幌市で、人工呼吸器をつけながら暮らすSさんのパートナーである、Yさんからでした。
SさんとYさんは、5年前にフィリピンから養子を迎えました。フィリピンから迎えた女の子は、1歳のとき実は私もフィリピンで会っています。ちょうどその頃、フィリピンのNGOを運営していた友人の頼みで、「その子に会ってきてほしい」と言われたのでした。
目がくりくりしてまだ赤ちゃんだった女の子は、Yさんが送ってくれた新聞記事(北海道新聞3月24日付)によると、もう今年小学校に入学する6歳となっていました。
そこには、「心で育てた養女、小学生に」とあり、愛情を持った一つの家族として、この5年間共に暮らしてきた3人の姿が描かれていました。
血縁だけではない家族があることは、私自身が10年ほど前に障害を持つ友人と一緒に暮らしながら、子育てをしていたときに痛感したことです。そんな家族もまたあって、それも一つの家族として十分なのだと、その頃からずっと思っています。
血のつながりもあるけれど、愛情をいっぱいに注ぎながら一日一日ベストを尽くして生きているYさん夫婦のことを思い出し、心がほんのり桜色に染まりました。
桜の季節は、出会いがあったり別れがあったり、人生の様々なストーリーに触れる時です。自分のこれまでの人生を振り返り、出会った人、別れた人の顔を思い出しながら、桜の花を見上げる春となりそうです。
何年かの海外在住の時期を除いて、学生時代からずっとここ国立市に滞在して、いったい今年で何年目になるでしょう。学生時代に親しんだ国立駅の赤い駅舎はもうなくなりましたが、駅の改札口から見える桜は、何度見ても息を呑むほど美しい風景です。
そんな桜の時期に、北海道の古い友人からお手紙をいただきました。
北海度の札幌市で、人工呼吸器をつけながら暮らすSさんのパートナーである、Yさんからでした。
SさんとYさんは、5年前にフィリピンから養子を迎えました。フィリピンから迎えた女の子は、1歳のとき実は私もフィリピンで会っています。ちょうどその頃、フィリピンのNGOを運営していた友人の頼みで、「その子に会ってきてほしい」と言われたのでした。
目がくりくりしてまだ赤ちゃんだった女の子は、Yさんが送ってくれた新聞記事(北海道新聞3月24日付)によると、もう今年小学校に入学する6歳となっていました。
そこには、「心で育てた養女、小学生に」とあり、愛情を持った一つの家族として、この5年間共に暮らしてきた3人の姿が描かれていました。
血縁だけではない家族があることは、私自身が10年ほど前に障害を持つ友人と一緒に暮らしながら、子育てをしていたときに痛感したことです。そんな家族もまたあって、それも一つの家族として十分なのだと、その頃からずっと思っています。
血のつながりもあるけれど、愛情をいっぱいに注ぎながら一日一日ベストを尽くして生きているYさん夫婦のことを思い出し、心がほんのり桜色に染まりました。
桜の季節は、出会いがあったり別れがあったり、人生の様々なストーリーに触れる時です。自分のこれまでの人生を振り返り、出会った人、別れた人の顔を思い出しながら、桜の花を見上げる春となりそうです。
Aさん、ありがとう
去る2月20日のこと。私たちの団体の大切なトレーナーの会員の仲間が、5年半に渡る闘病生活の末に亡くなりました。
享年39歳でした。
今年の1月頃まで元気な声を聞いていたので、訃報を聞いたときはショックのあまりに頭が真っ白になりました。それからも何度かAさんのことを会員の方々と話すチャンスがありましたが、思い出すと今なお胸がしめつけられるような気がします。
Aさんと出会ったのは、10年くらい前のことでした。福岡の自治労による夏の研修で、アサーティブトレーニングを担当させていただいたとき、目をキラキラさせて皆と話をしている素敵な女性がいることに気づきました。
それが、Aさんでした。
研修が終わった後は、担当者と一緒に居酒屋に行き、そのとき初めてAさんが保健師であると同時に、地域の組合リーダーのまとめ役であることを知ったのです。
それから縁があって何度かお仕事を一緒にし、彼女はアサーティブネストレーナー養成講座に東京まで参加しに来てくれました。そこからアサーティブジャパンの会員としての長いおつき合いが始まりました。
その後、Aさんは治療の合間に子どもを産み、治療をしながら子育てを張り切ってやっていらっしゃったようでした。
彼女の写真を見ると今も涙が出そうになります。明るくて、面白くて、ひょうひょうとしていて、でも物事をいつも真剣に見つめていたAさん。人と人とをつないで結んで、ネットワークを作るのが上手でした。
私の身近な人間関係でも、がんを患っている人が何人かいます。手術しても、本当の闘いはそこから始まるのですよね。再発の恐怖と闘いながら、毎日を懸命に生きることをそばで一緒にやっていくことしか、今の私はできませんけれども。
Aさんのことがあってから、一日一日を大切に生きようと更に強く思うようになりました。今日一日を、本当に大切に生きること。悔いのないように過ごすこと。生きててよかったと思える一日にすること。
そんなことを、Aさんは教えてくれました。本当に、ありがとう。Aさん。
Aさんのご冥福を、心からお祈りしたいと思います。
享年39歳でした。
今年の1月頃まで元気な声を聞いていたので、訃報を聞いたときはショックのあまりに頭が真っ白になりました。それからも何度かAさんのことを会員の方々と話すチャンスがありましたが、思い出すと今なお胸がしめつけられるような気がします。
Aさんと出会ったのは、10年くらい前のことでした。福岡の自治労による夏の研修で、アサーティブトレーニングを担当させていただいたとき、目をキラキラさせて皆と話をしている素敵な女性がいることに気づきました。
それが、Aさんでした。
研修が終わった後は、担当者と一緒に居酒屋に行き、そのとき初めてAさんが保健師であると同時に、地域の組合リーダーのまとめ役であることを知ったのです。
それから縁があって何度かお仕事を一緒にし、彼女はアサーティブネストレーナー養成講座に東京まで参加しに来てくれました。そこからアサーティブジャパンの会員としての長いおつき合いが始まりました。
その後、Aさんは治療の合間に子どもを産み、治療をしながら子育てを張り切ってやっていらっしゃったようでした。
彼女の写真を見ると今も涙が出そうになります。明るくて、面白くて、ひょうひょうとしていて、でも物事をいつも真剣に見つめていたAさん。人と人とをつないで結んで、ネットワークを作るのが上手でした。
私の身近な人間関係でも、がんを患っている人が何人かいます。手術しても、本当の闘いはそこから始まるのですよね。再発の恐怖と闘いながら、毎日を懸命に生きることをそばで一緒にやっていくことしか、今の私はできませんけれども。
Aさんのことがあってから、一日一日を大切に生きようと更に強く思うようになりました。今日一日を、本当に大切に生きること。悔いのないように過ごすこと。生きててよかったと思える一日にすること。
そんなことを、Aさんは教えてくれました。本当に、ありがとう。Aさん。
Aさんのご冥福を、心からお祈りしたいと思います。
「空気が読める」とは
先日、ある大学で3年生を対象とした、アサーティブトレーニング集中授業を担当しました。この学生たちは、1年生のときにも2日間のアサーティブトレーニングを行い、この冬に会ったのは2年ぶりのことでした。
18歳から20歳へ。2年という年月は、この年齢の若い人たちをぐっと大人に近づけるのですね。彼らの変化の大きさに、私たち講師もちょっとびっくり。「大人になったねえ」と、しみじみ感動しておりました。
さて、集中講義の3日目に、私の古くからの友人であり障害を持つ人たちの解放運動を担ってきた、安積遊歩さんにお話をしていただく時間をとりました。

安積さんはご自身の体験を交えながら、多様性を認めることの大切さ、対等であるためには自分の本当の気持ちによく耳を傾ける必要があること、大人になることは我慢することではなくきちんとモノを言っていくことをあきらめないこと、などについて、熱く語ってくれました。
さて、安積さんのお話の中で、こんなくだりがありました。
「KY(空気が読めない)という言葉があるが、相手の気持ちを察したり場の空気を読んだりして対処できることは、一見とても“優しい”人に思えるかもしれない。しかし、周りにあわせるということは、実は自分に優しくないことではないか。そして長い目で見れば、自分に優しくなれないことは、他人にも優しくなれないことだ」と。
アサーティブネスは、自分の誠実な気持ちに気づいた上で、自分の「感じる力」や「考える力」、「行動する力」を大事にするところから始まります。
「KY」という尺度が結構大きな比重を占めているらしい今の大学生たちには、安積さんの言葉がかなり心に響いたようでした。感想を述べてもらう時間でも、自分を本当に大切にすることの意味にはっとした、などの感想がたくさんありました。
場の空気や相手の気持ちを察することも大切ですが、そのために自分が感じていることまでも消し去ってしまうと、それは自分にも相手にも誠実でなくなってしまうということ。
そんな安積さんのメッセージをちゃんと受けとめて、目をキラキラさせながら話してくれる学生たちを見ながら、社会に出た後もしっかりとがんばってほしいと心から願った3日間でした。
18歳から20歳へ。2年という年月は、この年齢の若い人たちをぐっと大人に近づけるのですね。彼らの変化の大きさに、私たち講師もちょっとびっくり。「大人になったねえ」と、しみじみ感動しておりました。
さて、集中講義の3日目に、私の古くからの友人であり障害を持つ人たちの解放運動を担ってきた、安積遊歩さんにお話をしていただく時間をとりました。

安積さんはご自身の体験を交えながら、多様性を認めることの大切さ、対等であるためには自分の本当の気持ちによく耳を傾ける必要があること、大人になることは我慢することではなくきちんとモノを言っていくことをあきらめないこと、などについて、熱く語ってくれました。
さて、安積さんのお話の中で、こんなくだりがありました。
「KY(空気が読めない)という言葉があるが、相手の気持ちを察したり場の空気を読んだりして対処できることは、一見とても“優しい”人に思えるかもしれない。しかし、周りにあわせるということは、実は自分に優しくないことではないか。そして長い目で見れば、自分に優しくなれないことは、他人にも優しくなれないことだ」と。
アサーティブネスは、自分の誠実な気持ちに気づいた上で、自分の「感じる力」や「考える力」、「行動する力」を大事にするところから始まります。
「KY」という尺度が結構大きな比重を占めているらしい今の大学生たちには、安積さんの言葉がかなり心に響いたようでした。感想を述べてもらう時間でも、自分を本当に大切にすることの意味にはっとした、などの感想がたくさんありました。
場の空気や相手の気持ちを察することも大切ですが、そのために自分が感じていることまでも消し去ってしまうと、それは自分にも相手にも誠実でなくなってしまうということ。
そんな安積さんのメッセージをちゃんと受けとめて、目をキラキラさせながら話してくれる学生たちを見ながら、社会に出た後もしっかりとがんばってほしいと心から願った3日間でした。