先日、アサーティブジャパンのトレーナーのフォローアップ研修で、「怒りの取り扱い」というテーマの勉強をしました。大変難しいテーマですので、参加者のみなさんとディスカションしながら、私自身もより明確になってきたことがありました。
アサーティブな視点での感情の言語化とは、自分の感情を相手のせいにして責めないということを前提としています。ですので、<攻撃性を含まない>感情の言葉を選ぶことが、まずは第一段階で必要となります。
攻撃性を含んだ、相手を罵倒する怒りの表現としては、「ばかやろう!」とか「おまえなんて○○だ」、「許せない!」などの表現があります。アサーティブな怒りの表現には、そうした攻撃的な罵倒言葉は含みません。
私=Iを主語として、自分自身の感情として伝えられるものを、言語化のプロセスでは選んでいきます。
しかし自分の心の中で怒りの言語化ができたとしても、それをフォーマルな形で表現しようとすると、更に難しくなります。「むかつく」や「きれた」、などは、どんなに自分を主語とした感情であっても、フォーマルにはなりませんし、相手を攻撃する矢を持った表現となるからです。
ちなみに、英語の表現を見ても、自分が腹を立てているということを表現する単語は、それほど多くありません。
I am angry / annoyed/ irritated, などが一般的でしょうが、I am pissed off. となると、フォーマルには表現できません。あるいは、I got mad.などの表現も、かなりくだけたものとなります。アクション映画などでよく聞く怒りの表現は、ほとんどが罵倒の言葉ですね。
自分の怒りを、日本語のフォーマルな表現で言語化するのは、英語よりももっと語彙の少ない日本語の怒りの表現を知っていなくてはならないようです。
もう一つ、実はアサーティブな言語化でも、忘れてはならない視点があります。それは、「立ち位置」とでもいいましょうか、相手と対等な立場になることを忘れないことです。どんなに「腹が立った」といっても、言い方いかんによって攻撃的に伝わる場合もありますし、相手を見下したり馬鹿にしたり、「あなたが間違っている」という視点であれば、アサーティブがめざす対等な関係とはならないのです。
そうした議論をしながら、私自身の怒りの感情や表現方法について深く考えた一日でした。トレーナーの皆さん、本当にお疲れ様でした。
怒りの言語化は難しい
相手にウンと言わせることではない
アサーティブトレーニングでロールプレイに取り組んでいただく際に、よく見られる光景の一つが、「相手がウンと言うまで追いつめてしまう」というものです。
一つの例をご紹介しましょう。
Aさんは後輩のB君に、社内で自主的に行われているゴミ拾いのボランティア活動に参加してほしいと思っています。
「ボランティア」ですから、本人が自主的に取り組むことを原則としています。ですので、参加したくない人は参加していません。しかしB君は、「仕事が忙しいから」という理由でこの2年間、一度も参加したことがありません。Aさんは後輩の教育のためにも、地域社会への貢献のためにも、朝のゴミ拾いのボランティアをやってほしいと願っています。
Aさんは、B君と話のやり取りをしながら、自分の率直な気持ちを伝えてみることにしました。しかしながら、Aさんが説得しようとすればするほど、B君の気持ちは引き始め、表情が硬くなって、「絶対に行くもんか」という雰囲気になっています。
B君の態度に業を煮やしたAさんは、「な、な、とにかく来なきゃダメなんだ。わかったな」と言って、B君を無理やり連れて行くことにしました。B君は、結局は押し切られて納得しないまま、しぶしぶ参加です。
相手に「イエス」の答えしか引き出さないとしたら、業務命令と変わりません。相手に「イエス」か「ノー」かを自分で考えて決めてほしいと本当に願うのであれば、こちらのアプローチを変えなければなりません。
ここでAさんには冷静になっていただき、相手の答えをその場で出させないで、一旦引き下がってもらうことにしました。
「・・・という事情だ。とにかく僕はB君に来てほしいと、本当に心から思っている。そのことは知っておいてほしい。君にも真剣に考えてほしいし、今後行こうと思ったら、ぜひそうしてほしい。ま、今日はここまでにしとく。考えておいてくれよ」
そう伝えて、Aさんは席を立ってその場を離れることにしました。B君はAさんのメッセージをちゃんと受け取って、今度は自分で考え始められそうです。
業務命令と違って、アサーティブな主張とは、自分の主張もするけれど相手からも自分の本当の意見が返ってくるような「対話のできる関係」を目指します。そうであれば、相手を追いつめてしまいそうな場面でも、「一旦引く」ということを心がければ、話し合いを継続していくことができるでしょう。
一つの例をご紹介しましょう。
Aさんは後輩のB君に、社内で自主的に行われているゴミ拾いのボランティア活動に参加してほしいと思っています。
「ボランティア」ですから、本人が自主的に取り組むことを原則としています。ですので、参加したくない人は参加していません。しかしB君は、「仕事が忙しいから」という理由でこの2年間、一度も参加したことがありません。Aさんは後輩の教育のためにも、地域社会への貢献のためにも、朝のゴミ拾いのボランティアをやってほしいと願っています。
Aさんは、B君と話のやり取りをしながら、自分の率直な気持ちを伝えてみることにしました。しかしながら、Aさんが説得しようとすればするほど、B君の気持ちは引き始め、表情が硬くなって、「絶対に行くもんか」という雰囲気になっています。
B君の態度に業を煮やしたAさんは、「な、な、とにかく来なきゃダメなんだ。わかったな」と言って、B君を無理やり連れて行くことにしました。B君は、結局は押し切られて納得しないまま、しぶしぶ参加です。
相手に「イエス」の答えしか引き出さないとしたら、業務命令と変わりません。相手に「イエス」か「ノー」かを自分で考えて決めてほしいと本当に願うのであれば、こちらのアプローチを変えなければなりません。
ここでAさんには冷静になっていただき、相手の答えをその場で出させないで、一旦引き下がってもらうことにしました。
「・・・という事情だ。とにかく僕はB君に来てほしいと、本当に心から思っている。そのことは知っておいてほしい。君にも真剣に考えてほしいし、今後行こうと思ったら、ぜひそうしてほしい。ま、今日はここまでにしとく。考えておいてくれよ」
そう伝えて、Aさんは席を立ってその場を離れることにしました。B君はAさんのメッセージをちゃんと受け取って、今度は自分で考え始められそうです。
業務命令と違って、アサーティブな主張とは、自分の主張もするけれど相手からも自分の本当の意見が返ってくるような「対話のできる関係」を目指します。そうであれば、相手を追いつめてしまいそうな場面でも、「一旦引く」ということを心がければ、話し合いを継続していくことができるでしょう。
「思い」はなかなか伝わらない
日本語は、ストレートな表現をなるべく避けながら、相手に自分の思いを伝えようとする言語構造のようです。そのため、日本語で「○○と思う」とか「○○な気がする」という表現をアサーティブな表現にして伝えようとすると、しばしば混乱が起きてしまいます。
英語であれば、「自分の考え」を述べるときは「I think ・・・」で始まりますし、「自分の感情」を伝えるときは「I feel・・・」で始まります。
Thinkの後には自分の考えが来ますので、気持ちとごっちゃになることはあません。
しかし、日本語でよくあるのは、「○○だと思う」とか、「○○のような気がする」という表現です。
例えば。
「最近仕事のミスが続いているが(事実)、何か悩んでいることがあるんじゃないかと思ってるよ(感情)。何かあったら相談してください(要求)」
この「思う」とは、「I wonder」という推測(考え)、あるいは「I see you・・・」という状況描写の表現であって、感情の言葉ではありません。
感情表現となると、「I feel concerned(心配している)」となるはずです。
このように、「気がする」とか「思う」を感情の言葉であるとすると、自分の本当の気持ちがわからなくなってしまいます。
日本語には、擬態語や季節描写のような言葉はすばらしく豊かな表現がありますが、こと自分の感情表現となると実際に使える言葉は比較的少ないようです。感情の言葉を自分の中で「使える語彙」として持っていないと、感情を的確に言葉で表現できずに、それが不適切な態度になったり、相手への罵倒の言葉となってしまう危険性があるのではないでしょうか。
自分の思いを相手に的確に伝えたいのであれば、なるべく伝わる言葉で具体的に、そして気持ちは気持ちとして表現できるようになるといいですね。
英語であれば、「自分の考え」を述べるときは「I think ・・・」で始まりますし、「自分の感情」を伝えるときは「I feel・・・」で始まります。
Thinkの後には自分の考えが来ますので、気持ちとごっちゃになることはあません。
しかし、日本語でよくあるのは、「○○だと思う」とか、「○○のような気がする」という表現です。
例えば。
「最近仕事のミスが続いているが(事実)、何か悩んでいることがあるんじゃないかと思ってるよ(感情)。何かあったら相談してください(要求)」
この「思う」とは、「I wonder」という推測(考え)、あるいは「I see you・・・」という状況描写の表現であって、感情の言葉ではありません。
感情表現となると、「I feel concerned(心配している)」となるはずです。
このように、「気がする」とか「思う」を感情の言葉であるとすると、自分の本当の気持ちがわからなくなってしまいます。
日本語には、擬態語や季節描写のような言葉はすばらしく豊かな表現がありますが、こと自分の感情表現となると実際に使える言葉は比較的少ないようです。感情の言葉を自分の中で「使える語彙」として持っていないと、感情を的確に言葉で表現できずに、それが不適切な態度になったり、相手への罵倒の言葉となってしまう危険性があるのではないでしょうか。
自分の思いを相手に的確に伝えたいのであれば、なるべく伝わる言葉で具体的に、そして気持ちは気持ちとして表現できるようになるといいですね。
「空気が読める」とは
先日、ある大学で3年生を対象とした、アサーティブトレーニング集中授業を担当しました。この学生たちは、1年生のときにも2日間のアサーティブトレーニングを行い、この冬に会ったのは2年ぶりのことでした。
18歳から20歳へ。2年という年月は、この年齢の若い人たちをぐっと大人に近づけるのですね。彼らの変化の大きさに、私たち講師もちょっとびっくり。「大人になったねえ」と、しみじみ感動しておりました。
さて、集中講義の3日目に、私の古くからの友人であり障害を持つ人たちの解放運動を担ってきた、安積遊歩さんにお話をしていただく時間をとりました。

安積さんはご自身の体験を交えながら、多様性を認めることの大切さ、対等であるためには自分の本当の気持ちによく耳を傾ける必要があること、大人になることは我慢することではなくきちんとモノを言っていくことをあきらめないこと、などについて、熱く語ってくれました。
さて、安積さんのお話の中で、こんなくだりがありました。
「KY(空気が読めない)という言葉があるが、相手の気持ちを察したり場の空気を読んだりして対処できることは、一見とても“優しい”人に思えるかもしれない。しかし、周りにあわせるということは、実は自分に優しくないことではないか。そして長い目で見れば、自分に優しくなれないことは、他人にも優しくなれないことだ」と。
アサーティブネスは、自分の誠実な気持ちに気づいた上で、自分の「感じる力」や「考える力」、「行動する力」を大事にするところから始まります。
「KY」という尺度が結構大きな比重を占めているらしい今の大学生たちには、安積さんの言葉がかなり心に響いたようでした。感想を述べてもらう時間でも、自分を本当に大切にすることの意味にはっとした、などの感想がたくさんありました。
場の空気や相手の気持ちを察することも大切ですが、そのために自分が感じていることまでも消し去ってしまうと、それは自分にも相手にも誠実でなくなってしまうということ。
そんな安積さんのメッセージをちゃんと受けとめて、目をキラキラさせながら話してくれる学生たちを見ながら、社会に出た後もしっかりとがんばってほしいと心から願った3日間でした。
18歳から20歳へ。2年という年月は、この年齢の若い人たちをぐっと大人に近づけるのですね。彼らの変化の大きさに、私たち講師もちょっとびっくり。「大人になったねえ」と、しみじみ感動しておりました。
さて、集中講義の3日目に、私の古くからの友人であり障害を持つ人たちの解放運動を担ってきた、安積遊歩さんにお話をしていただく時間をとりました。

安積さんはご自身の体験を交えながら、多様性を認めることの大切さ、対等であるためには自分の本当の気持ちによく耳を傾ける必要があること、大人になることは我慢することではなくきちんとモノを言っていくことをあきらめないこと、などについて、熱く語ってくれました。
さて、安積さんのお話の中で、こんなくだりがありました。
「KY(空気が読めない)という言葉があるが、相手の気持ちを察したり場の空気を読んだりして対処できることは、一見とても“優しい”人に思えるかもしれない。しかし、周りにあわせるということは、実は自分に優しくないことではないか。そして長い目で見れば、自分に優しくなれないことは、他人にも優しくなれないことだ」と。
アサーティブネスは、自分の誠実な気持ちに気づいた上で、自分の「感じる力」や「考える力」、「行動する力」を大事にするところから始まります。
「KY」という尺度が結構大きな比重を占めているらしい今の大学生たちには、安積さんの言葉がかなり心に響いたようでした。感想を述べてもらう時間でも、自分を本当に大切にすることの意味にはっとした、などの感想がたくさんありました。
場の空気や相手の気持ちを察することも大切ですが、そのために自分が感じていることまでも消し去ってしまうと、それは自分にも相手にも誠実でなくなってしまうということ。
そんな安積さんのメッセージをちゃんと受けとめて、目をキラキラさせながら話してくれる学生たちを見ながら、社会に出た後もしっかりとがんばってほしいと心から願った3日間でした。
パワハラにならないために
男性社員さんにとって、年下の女性社員や派遣社員さんに、これは言いづらいという声を聞くテーマがあります。
女性のファッションについて、です。
「パワーハラスメント(パワハラ)」という言葉が市民権を得るようになり、組織の中で管理職の方々がパワハラ的な発言にならないよう慎重になっていますが、職務態度や服装などの注意をするときも、相手を傷つけないように言おうとするがあまりに、大変遠まわしになっているケースをちょくちょく見かけるようになりました。
これは、年下の女性社員Bさんのネイルアートを注意できない、上司のAさんの例です。「やなこと言って、嫌われたくないし」。Aさんは、ぼそりとつぶやきます。
部下のファッションを注意したい理由としては、職場の雰囲気になじまない、お客さんの不評を買う、仕事の内容になじまない、などのりっぱな理由があるのですが、こと、ご本人が気に入っているかわいらしいネイルアートを注意しようとすると、言葉につまってしまうようです。
相手の気分を害したくないがために、こんな風に回りくどくなってしまいます。
「それ、かわいいよね(笑)」
「そうでしょ。私も気に入っているんです」
「・・・、でもさ、もうちょっと、さ、ピカピカじゃなくて、さ、なんかシンプルにできないの?」
「他の子もやっているしぃ」
「そうかもしれないけどさ。ほら、お客さんが見たらどう思うか考えてほしいんだよね」
「別に、何も言われてませんけど」
そこで会話はストップです。
アサーティブに伝えるためには、相手を一人前の大人として対等に扱うことから始まります。年下の女性であるということで気を使うということは、反対に相手を対等に見ていないことになるからです。
「君にお願いしたいことがあるのだけれど」。相手の目を見ながら、なるべく対等な姿勢で始めます。
「君のネイルのことだけど。□□さんがとても気に入っているというのはわかっている(相手の立場を認める)。でもね、この職場としては、○○だから(理由を具体的に述べる)、そのつめではいけません。休日につけるのはかまいませんが、事務所にいる間は飾りをつけるのを控えてほしいのです」
相手を対等に扱うこと。
パワハラを避けることは、そこから始まるのではないでしょうか。
女性のファッションについて、です。
「パワーハラスメント(パワハラ)」という言葉が市民権を得るようになり、組織の中で管理職の方々がパワハラ的な発言にならないよう慎重になっていますが、職務態度や服装などの注意をするときも、相手を傷つけないように言おうとするがあまりに、大変遠まわしになっているケースをちょくちょく見かけるようになりました。
これは、年下の女性社員Bさんのネイルアートを注意できない、上司のAさんの例です。「やなこと言って、嫌われたくないし」。Aさんは、ぼそりとつぶやきます。
部下のファッションを注意したい理由としては、職場の雰囲気になじまない、お客さんの不評を買う、仕事の内容になじまない、などのりっぱな理由があるのですが、こと、ご本人が気に入っているかわいらしいネイルアートを注意しようとすると、言葉につまってしまうようです。
相手の気分を害したくないがために、こんな風に回りくどくなってしまいます。
「それ、かわいいよね(笑)」
「そうでしょ。私も気に入っているんです」
「・・・、でもさ、もうちょっと、さ、ピカピカじゃなくて、さ、なんかシンプルにできないの?」
「他の子もやっているしぃ」
「そうかもしれないけどさ。ほら、お客さんが見たらどう思うか考えてほしいんだよね」
「別に、何も言われてませんけど」
そこで会話はストップです。
アサーティブに伝えるためには、相手を一人前の大人として対等に扱うことから始まります。年下の女性であるということで気を使うということは、反対に相手を対等に見ていないことになるからです。
「君にお願いしたいことがあるのだけれど」。相手の目を見ながら、なるべく対等な姿勢で始めます。
「君のネイルのことだけど。□□さんがとても気に入っているというのはわかっている(相手の立場を認める)。でもね、この職場としては、○○だから(理由を具体的に述べる)、そのつめではいけません。休日につけるのはかまいませんが、事務所にいる間は飾りをつけるのを控えてほしいのです」
相手を対等に扱うこと。
パワハラを避けることは、そこから始まるのではないでしょうか。