AJ代表日記

AJ代表 森田汐生のつぶやきを記します

気持ちで相手の口をふさがないこと

アサーティブなコミュニケーションでは、「自分の気持ちを言葉にする」ということが、一つの重要なポイントとなっています。

しかしながら、気持ちを「どのように」言葉にするかによっては、相手の口をふさいでしまうことがあります。

例えば、身近なパートナーとの会話で。

「流しが汚れているのを見ると、私はとても悲しくなる」
「そんな風に言われると、私はとても傷つく」
「子育てに協力してもらえなくて、私はとてもつらい」

そのように一方的に言われた側は、なかなか言い返すことができなくなるのではないでしょうか。それは、気持ちを伝えた側が、「こんな気持ちになったのはあなたのせいだ」と、暗に相手を責めているからです。

自分のネガティブな感情は相手のせいで引き起こされた、というメッセージが裏にあると、「気持ちを言葉にする」行為は、結果として相手を攻撃し、相手の口を封じてしまいます。

夜中に音楽をかけている隣人に、「イライラする」、「むかつく」、「腹が立つ」などの気持ちを伝えたら、その隣人との関係が悪化することは目に見えていますよね。

ですから、アサーティブトレーニングで、「気持ちを言葉に」する場合、どの感情をどのように言語化するかは大変重要なプロセスとなります。「適切な言語化」というのは、思った以上に難しいのです。

感情に振り回されることなく、感情を言語化することが、アサーティブなコミュニケーションの一つの目的ですが、生まれた感情は誰のせいでもなく自分の責任で引き受けることが、「言語化」の大事なスタート地点となります。

そのためにも、自分の気持ちで相手の口を封じてしまうことの危険性を理解し、自分の気持ちの言語化に注意深く向き合ってみるといいでしょう。

朝のひととき

今年の5月、6月は大変忙しい日々が続いています。

この3週間は、山口、札幌、都内、大阪、神奈川、和歌山、茨城、三重、そしてまた大阪へ、と、出張の連続です。

年齢のせいなのか、梅雨という気候のせいなのか、はたまた物理的な移動のせいなのか、ここのところ眠っても、眠っても、疲れが取れません。

超朝型の私ですので、夜は9時くらいに床に就き、朝は4時くらいに目を覚ますのですが、最近は朝起きても疲れが取れず、家のわんこに起こされている状況です。

さて。

移動するといっても新幹線や飛行機の中では座っているだけなので、運動不足になります。ですので、朝、気温が上がる前に、ウォーキングを始めることにしました。

一応“犬の散歩”の名を借りますが、犬を従えての軽いジョギングをしています。

朝のウォーキングで楽しいのは、近所の畑の作物の成長を見られることです。意外と知らないでいて驚いたのが、トウモロコシでした。

ウォーキングを始めた頃小さな苗だったトウモロコシが、日に日にぐんぐん成長し、今では私の背丈よりも高くなり、りっぱなトウモロコシを実らせるほどになりました。畑を通るたびに、そのたくましさに目を丸くします。

畑以外でも、近所の家々の庭に咲くバラの花をうっとり眺め、道端のアジサイの花の色に感動し、くちなしの花の香りをかぎながら梅雨時の季節を感じています。

そうしたちょっとした自然の風景を、梅雨の合間のさわやかな朝の空気の中で感じることを、少しずつ楽しめるようになりました。

同じように犬の散歩をしている人たちと、「おはようございます」とあいさつを交わすことも、気持ちのいい時間です。

朝の時間を楽しみながら、出張の日々を乗り切っていくことにいたしましょう。

犬と学ぶボディーランゲージ

ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、アメリカの社会心理学者のメラービアンは、コミュニケーションで、表情や態度、身振り・手振りなどが55%、声の調子や口調などが38%、そして言葉によって伝わるのはわずか7%だと言っています。

コミュニケーションには、ボディランゲージが9割以上を占めているわけですね。ですから、アサーティブに「何を伝えるか」も大事ですが、それを「どう伝えるか」については、色々と工夫ができそうです。

例えば、苦手な上司に対しても、「大切なことなので、ぜひ聞いていただけますか」と真摯にまっすぐ伝えてみる。立ったまま「これお願い」とぞんざいに頼んでいた部下への仕事の指示を、「これをこの期限でこんな形で出してほしいんだ」と、真横に座って同じ目線で話してみる。

それだけでも、ずいぶんと伝わり方は変わってくるでしょう。

ちなみに、私自身がボディランゲージについて、「なるほど」と痛感するのは、うちにいる犬とのコミュニケーションです(笑)。

犬は人間の言語はほとんど理解しませんので、言葉以上にボディランゲージが大きな意味を占めます。ボディランゲージといっても、単に身振り手振りをつけることではなく、こちらがどれくらい真剣な表情で伝えているか、ということです。

「ダメ!」ということを、攻撃的でもなく受身的でもなく伝えることを、犬を相手にやってみると、以外にできていない自分に気づかされます。

攻撃的になると犬はおびえるか反抗しますし、受身的になっては言うことを聞きません。作為的ではダブルメッセージとなり、理解しません。

大事なのは、真剣な顔をして、真剣な目をして、本当に真顔で、その場で「ダメ!」とはっきり伝えること。そうすると、ちゃんと伝わります。

ほめるときも、心から本気でほめます。そうすると犬も本当に嬉しがります。

犬とのこうした真剣勝負のボディランゲージが、私の日常生活でのコミュニケーションにいい影響を与えてくれているのかも、と、ちょっと最近考えています。

桜の季節に思う

今年も、アサーティブジャパンの事務所のある東京都国立市の桜が満開となりました。

何年かの海外在住の時期を除いて、学生時代からずっとここ国立市に滞在して、いったい今年で何年目になるでしょう。学生時代に親しんだ国立駅の赤い駅舎はもうなくなりましたが、駅の改札口から見える桜は、何度見ても息を呑むほど美しい風景です。

そんな桜の時期に、北海道の古い友人からお手紙をいただきました。

北海度の札幌市で、人工呼吸器をつけながら暮らすSさんのパートナーである、Yさんからでした。

SさんとYさんは、5年前にフィリピンから養子を迎えました。フィリピンから迎えた女の子は、1歳のとき実は私もフィリピンで会っています。ちょうどその頃、フィリピンのNGOを運営していた友人の頼みで、「その子に会ってきてほしい」と言われたのでした。

目がくりくりしてまだ赤ちゃんだった女の子は、Yさんが送ってくれた新聞記事(北海道新聞3月24日付)によると、もう今年小学校に入学する6歳となっていました。

そこには、「心で育てた養女、小学生に」とあり、愛情を持った一つの家族として、この5年間共に暮らしてきた3人の姿が描かれていました。

血縁だけではない家族があることは、私自身が10年ほど前に障害を持つ友人と一緒に暮らしながら、子育てをしていたときに痛感したことです。そんな家族もまたあって、それも一つの家族として十分なのだと、その頃からずっと思っています。

血のつながりもあるけれど、愛情をいっぱいに注ぎながら一日一日ベストを尽くして生きているYさん夫婦のことを思い出し、心がほんのり桜色に染まりました。

桜の季節は、出会いがあったり別れがあったり、人生の様々なストーリーに触れる時です。自分のこれまでの人生を振り返り、出会った人、別れた人の顔を思い出しながら、桜の花を見上げる春となりそうです。

自分は自分、でいいのだろうか

30代の女性ソーシャルワーカーさんが、最近の悩みについて話をしてくれました。

彼女は30代半ばの“中堅どころ”ですが、一回り以上年下の20代のワーカーさんたちの態度に、少々心を悩ませていました。

「若手のワーカーさんたちは、クライエントさんの話を聞いていたり、訪問したりしていても、定時になったら『時間ですので失礼します』と言って、さっと帰ってしまう。以前の私たちは、仕事上の境界線を引くことが課題だったのに、最近は違うんですね」

自分は自分。時間が来たら相手がどうであれ、自分の権利を行使して定時で帰る。

その意味では自分の自己決定権を行使し、自分の要求を行動に移した、“アサーティブな態度”なのかもしれません。しかし、本当にそうなのでしょうか。

「自分は自分、他人は他人」という空気は、一見個人の権利を尊重したようなものであるかのような印象を受けます。しかしながら、その立場で自分の要求をストレートに伝えたらアサーティブであるかというと、私は全くそうとは思いません。

「自分は自分、他人は他人」というのは、自分が傷つかない、他人を傷つけない、スマートなコミュニケーションなのかもしれません。

しかし、アサーティブな話し合いとはスマートなコミュニケーションどころか、相手との価値観の違いに葛藤し、理解しあうことの難しさを痛感しながら、それでも話し始めようという、実は大変“ごつごつした”、“飲み込むのが難しい”コミュニケーションではないかと、私は思っています。

葛藤なしに、傷つくことのないコミュニケーションは、アサーティブな関係を生み出すどころか、「嫌ならつき合わなきゃいいじゃない」的な、機械的な関係しか生み出さないのではないでしょうか。

嫌でもつき合わなければならないことは、たくさんあります。相手に踏み込みすぎて傷つけてしまうことも多々あるでしょう。どんなに言ってもわかってもらえない、もどかしさを感じることもあるでしょう。

それでも、話し合っていくことしか、関係を深めていくことはできません。

そんな「葛藤しつつ対話する力」こそが、アサーティブな態度を支えていくのだと私は思います。