AJ代表日記

AJ代表 森田汐生のつぶやきを記します

上級編の日本語とは

養成講座の参加者のある方の話に、「なるほど」と思ったことがありました。

それは、「上級編の日本語とは」ということです。

日本語教育の中には、上級編の日本語は、語尾は濁したほうがいいという考え方があるとのことなのです。

日本語を学ぶ外国人にとっては、日本語は「言語」であると同時に「文化」でもあります。言語を通して日本の文化を体験することが、本当にたくさんあります。例えば、季節感の表現、擬態語の多様さ、語尾を濁すこと、断定的な物言いは避けることなど、です。それはそれで、素晴らしい表現もありますが、ちょっと困ることもあります。

私の友人に外国人の方が多いということもあるのですが、外国人の方と話をすると、日本語は本当に難しいということを、よく耳にします。

例えば、私の友人の日本語テキストにある会話表現で、飲み会に誘われたときの答え方は、
「○○さん、今日の夕方一緒に飲みに行きませんか」
「今日は忙しいので、ちょっと・・・」
というものです。

その友人に、「ちょっと・・・」の「・・・」って何?と聞かれ、私は言葉に詰まってしまいました。
「うーん、それは、行けないということをはっきり言わないで濁す言い方」
「濁すって、どうして濁すの?はっきり言わないの?」

そうした問いに答えるのは、私にとっては至難の業です。
「実はね、私の仕事は、日本人に、語尾まではっきり言わないと伝わらないから、はっきり伝えようね、ということを教える仕事なの。だから、この表現は私は使わないんだよね」
などなど。

イエス、ノーがはっきりしているアサーティブな表現は、日本語文化になじまないのでしょうか。外国人の方に、日本人が「ちょっと・・・」と言うときは、「ノー」の意味だよと伝えることも大事ですが、私自身は日本人の私たちが、「忙しいので、行けません」とはっきり言う方法も、合わせて伝えなければと思うのですが・・・(・・・)。

養成講座が始まりました

10月29日から、第6期のアサーティブネストレーナー養成講座が始まりました。参加者20名全員が渋谷の会場に集まり、これから1年間の長い“船旅”が始まりました。

私は、この長い船旅の“水先案内人(ファシリテーター)”です。乗船している人たちが、1年後、全員無事に目的地に着けるよう、しっかりと案内をしなければなりません。

今期の養成講座には、全国各地から、年齢も職種も性別も、本当に様々な方が集まってくださいました。私自身は、準備講座を通じてすでに全員の方とすでにお知り合いになっていたため、第1回とはいえそれほどの緊張もなく、ワクワクした気持ちでその場を楽しむことができました。

ここ数年、アサーティブネスの知名度が高まるにつれ、それを使う“目的”や“方法”がより深く問われるようになってきた気がしています。

アサーティブネスは誰にとって、なぜ必要なのか、日本人の私たちにとって、アサーティブネスを使った方向性とは何なのか、そして、アサーティブネスが人間解放のための有効な道具になりえるのか。―― そうしたことを、この養成講座の皆さんとも一緒に考えることができるということを、私自身は大変嬉しく思っています。

長い旅路になりますが、みなさんよろしくお願いします。

海の青と空の青

日曜日は江ノ島の神奈川県かながわ女性センターで、「アサーティブトレーニング」の連続講座の第2回目でした。30名を超える熱心な参加者の方々と一緒に、楽しく、かつ奥の深い学びをすることができました。

1週間前の日曜日は雨の降る悪天候だったのですが、この日曜日は晴天、絶好の行楽日和。朝ちょっと早めに会場近くに着き、あまりにもすばらしい景色に感動して、橋の途中でタクシーを降りてしまいました。

海の向こうには、富士山が。そのまた向こう側にある山々までがくっきりと重なって見えます。大島も見えたそうですが、私にはどれが大島かわかりませんでした(残念)。雪の帽子をかぶって空にそびえたつ富士の山は、何度見ても感動を覚えます。

あんまりいいお天気だったので、「お昼は一緒に散歩しましょう」と担当者のTさんが提案してくださり、参加者のみなさんと一緒に海岸を散歩しました。快晴の空の色とは違い、海の深い青はまた格別で、東京近くでこんなにきれいな海の色があるなんて、と、私は心の中でため息をつきました。

江ノ島は観光地で、若い方々がサーフィンやボディボードなどをしに集まる場所でもあります。近くの江ノ島神社の参道もにぎやかで、帰りにちょっと寄り道をして、いくつかの店をのぞいては楽しみました。また、沿道には、あがったばかりの地物のハマグリやサザエ、しらすなどが一杯で、なんだか子どもの頃に返ったような気持ちで、わくわくしながら見とれておりました。

仕事とはいえ、せっかく訪れた江ノ島。今度は純粋に遊びのために来よう!と、心ひそかに思った一日でした。

私たちの活動の成果は何か

出張の合間をぬって、私は現在、事務局スタッフとともに、今年度上半期の事業報告書の作成と半期決算、および下半期の計画をしているところです。

アサーティブジャパンがNPO法人としての活動を始めて、2年目になります。1年目はとにかく必死で事業をまわしていましたが、2年目は半期目で事業報告を行うと同時に、私たち自身の内部で、研修事業の評価をすることが必要ではないかという話になりました。

私たちの団体の活動は、研修とか人材養成というものが主であるため、何をもって活動の成果とするのかということが、形としてはなかなか見えてきません。もちろん、参加してくださる方の人数や実施された講座の数で、私たちの活動がどのような広がりをみたのかということを図ることはできますが、本来は、私たちのミッションである「アサーティブネス」の考え方と方法が、どれほどの広がりと深まりを見たのかが問われるのでしょう。

私たちの団体を設立する際に、設立趣旨として、こんなことを書きました。

私たちは、一人ひとりのコミュニケーション能力の向上を目ざすことが、具体的には、対話を土台とした暴力のない社会の実現、国籍、人種、性別などで社会参加の機会を奪われることなく人権が尊重される社会の実現、地域社会や家庭における風通しのよいコミュニケーションによるメンタルヘルスの向上、そして男女共同参画社会の実現に貢献できるとの意を強くし、特定非営利活動法人アサーティブジャパンを設立したいと考えました。

半年間だけでも、主催講座には述べ300人以上の方が全国各地でご参加くださいました。また、私たちが出張講師としておうかがいした団体は、自治体や大学、組合や病院、企業などをあわせて、100講座以上、200人以上の講演会などもありましたので、「アサーティブネス」という言葉を知っていただいた方は、半年で2,000人以上にのぼります。

これはすごい数です。

私たちが伝えたいことが、私たちの願い(ミッション)とともに、間違いなく伝わっているのでしょうか。アサーティブネスというコミュニケーションの方法を知ることで、暴力ではなく対話のある社会を作ることに、少しでも貢献できているのでしょうか。

そうしたことを、私たち自身が厳しく自己チェックをする姿勢を持つことが、とても大切なことだと思うのです。

魔法の杖ではない

週末の日曜日は、神奈川県かながわ女性センターで、講演会と講座を担当してきました。

天気が悪く時折雨が強くふる日曜日の朝にもかかわらず、会場には、100名の定員のところ150名近い方が「アサーティブネス」についての話を聞きに来てくださり、あまりの盛況ぶりに担当者の方と一緒に驚いておりました。

「アサーティブネス」という言葉を聞いたことはあるけれど、実際どういうものかがよくわからないという方がほとんどだったと思います。これほどまでに「アサーティブネス」の知名度が上がってきたことには、感慨深いものがありました。

ちょうど今週号の『日経ビジネス アソシエ』でも、今週号の特集2で、「アサーティブになる」が掲載されました。そこにも、「アサーティブは新時代のコミュニケーション法」であり、“相手を怒らせず言いたいことを言うスキル”として紹介されているのです。

10年以上この仕事をやり続けてきた私としては、やっとここまで来たかと感慨深いものがありますが、同時に、「こんな紹介のされ方でいいのだろうか」と、少なからず困惑しているところです。

というのも、一筋縄ではいかない人間関係やコミュニケーションということで、本当にたくさんの人が悩み、苦しみ、葛藤している現実の中で、あたかも、アサーティブネスが“魔法の杖”のように聞こえてしまう危険性があるからです。

アサーティブネスは、コミュニケーションの一つの道具です。道具は使う人によって、状況によって、あるいは目的によって、人間関係を壊しもし、活かしもします。有機的な人間関係の中で活用するコミュニケーションの道具は、使えるようになるまでには、くり返し練習し、活かすためにこそ使えるようになる必要があるでしょう。

私たちの本来の意図や目的を離れて、アサーティブネスが魔法の杖とならないよう、気をつけてしっかりと伝えていこうと心しているところです。

アン・ディクソンとの時間

イギリスから帰ってまいりました。アン・ディクソン氏とも無事再会し、たくさんの話をすることができました。

3時間半という限られた時間の中で、私にはどうしても確かめておきたいことがありました。

彼女の立ち位置は、あのときから変わっているのだろうか。

私が彼女の設立したトレーナー協会での養成講座を受講したのが1991年。その2年ほど前に、彼女の著書に感動した私は、アン・ディクソン氏に直接会いにわざわざイギリスまで渡航したのを覚えています。

それから十数年がたち、彼女にも色々な人生の転機があったに違いありません。いくつかの書籍を出版し、その後も精力的にアサーティブネスを教える活動をしてきたのでしょうか。それとも方向転換をして、新たな分野を切り開いているのでしょうか。

彼女の最新作、『Difficult Conversation』(2006年1月刊行予定)には、彼女の最新の理論がたくさんちりばめられていますが、“アサーティブネス”という単語はどこにも見当たりません。彼女自身がこれまでのアサーティブネスの活動をどう評価し、来日するにあたりどのような合意点を見ることができるのかが、私の最大の興味でした。

さて、ロンドンのウォータールー駅から1時間40分、小さな駅に降り立つと、アン・ディクソン氏の柔和な顔が見えました。
「こんにちは。ご無沙汰しています」
「イギリスにようこそ」

それから、イギリス南部最大の国定公園といわれる地域を車で抜け、小さな村にある彼女の家まで行きました。ロンドンからこちらに移り住んで17年、彼女の家は、緑の深い森まで歩いてすぐという、大変美しい村にありました。

ランチをご馳走になりながら、つもる話が続きます。私自身のこと、彼女のこれまでなどなど。私が一番納得し共感したのは、彼女は今も変わらず人と人との「対等性」について、考え続けているということでした。
Anne kitchin

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