アン・ディクソンの新しい本『Difficult Conversation』の編集作業がいよいよ大詰めを迎えました。今週中には日本語のタイトルが決まり、来年の彼女の来日にあわせて出版の段取りを整えています。
さて、この『Difficult Conversation』の本、「日本語版へのメッセージ」は、来月お届けする『アサーティブらいふ』に全文ご紹介していますが、ここで少しだけ書くことにします。
これまでの彼女の本が、「アサーティブなコミュニケーションそのもの」を取り上げているとすれば、今回は「二人が向き合うときの力関係をアサーティブに取り扱うこと」を取り上げています。
力関係とは、パワーダイナミクスのことです。
二人の人間が向き合うとき、否が応でも二人の立場や力関係が会話に影響を与えます。年齢が上、下、性別が男、女、障害の有無、経験の差、言葉を持つのか持たないのか、社会的立場や役割や文化的な違いを含め、多くの場合力関係が人間関係に影響を与えているものです。
その際に、相手を「男」「女」「課長」「部下」「学生」「日本人」「経験年数が数十年の大先輩」として見ることだけにとらわれることなく、人として、一人の人間として相手と対等に接するためには、何よりも自分自身がこの状況についてどのように感じているのか、相手に望む具体的な変化は何かということに、しっかりと向き合わなければなりません。
相手に対して攻撃的になることなく、自信を持って、明確さと相手への思いやりをもって、かつ人間関係を壊すことなく率直な態度で、難しい課題にチャレンジすることを、彼女は豊富な事例でもって説明しています。
具体的には、
職場の上下関係を上手に対処する
誰かの態度についてまっすぐコメントする
愛する人と繊細な話題について話し合う
自分が居心地悪いと感じている状況についてきちんと話す
などが取り上げられています。
発売は、アン・ディクソンの来日に合わせた1月末です。
ぜひとも、力関係を扱うアサーティブネスの最新理論に触れてみてください。
書きたいことはたくさんあるのに、書く時間がありません。アン・ディクソンの来日準備のために、大忙しの日々を過ごしています。ウェブ上でも、彼女のワークショップの申し込み受け付けを開始しました。大阪の講演会には、情報をアップしてから、すでに40名くらいの人が申し込まれました。
定員100名はあっという間に埋まってしまうのではと、嬉しい悲鳴を上げています。
さて、次号の「アサーティブらいふ」の原稿を書くために、10月に彼女に再会したときの会話を再度テープで聞きなおしました。あの時は、なんだかドキドキして、十分理解していなかったことのいくつかが、再び、私の胸にジーンとよみがえってきました。
彼女は、最初の著書『第四の生き方』を書いた1980年代当初から、どのように生きてきたのか。変わったことはあったのでしょうか。
「今も昔も、全く私の立ち位置は変わっていません。
年を重ねて、賢くなったとは思うけど」と、彼女は言います。
「私は、生涯をかけて、“対等性”ということを考え続けてきました。たとえ肌の色、文化、性別、所有の有無などの違いがあったとしても、その違いを否定することなく受け入れて、そしてなお、自分という人間と相手という人間とが対等に向き合うことは、可能であるはずだと」
また、私にとっても、胸の痛い言葉をいただきました。
「私は、本当に、心から本当に、人間の対等性を信じています。しかし、アサーティブネスの根本の思想である“人間の対等性”というものを信じていないのに、コミュニケーションにおける“対等性”を説こうとする人が、本当に多いのです。表面では『わかっている』という振りをしつつ、実は自分を高みに置いたり低みに置いたりしている人が、アサーティブネスのトレーナーにはなれないはずなのに。」
彼女の、率直で誠実でそして本当に真摯な姿勢を見ながら、そして、落ち着いて抑揚のある彼女の声を聞きながら、『第四の生き方』の原題である、A Woman in Your Own Right(一人の女性が自分の権利を認識して、凛として立つ)という言葉通りの女性だなあと、しみじみ感じました。
彼女の奥深い理論と思想を、私自身ももっともっと理解していきたいと思います。単なるコミュニケーションの技術では決してなく、根本的に人と人とが、たとえどんな差別があろうとも一人の人間として向き合おうとする姿勢そのものであると、彼女は伝えてくれるでしょう。
今年の3月はじめに、私たちの事務所は国立の駅前に引っ越しました。このビル、ちょっと古いのですが、ビル全体がつたで覆われていて、外から見るととてもきれいです。
事務所の窓から外を見ると、まるで絵の額縁のようなのです。
春に引っ越してきた当時は、つたの葉っぱは見えなかったのが、夏の太陽でぐんぐん大きくなり、青々とした葉に縁取られた窓は、事務所スタッフの目の保養となりました。
今、つたの葉は紅葉し始めています。
窓ガラスの外のつたの額縁は、緑からきれいな赤やオレンジ色に変わりつつあります。東京はここのところ晴天で、真っ青な空に赤いつたの葉が映えて、まぶしいくらいに美しいのです。
来月、木枯らしが吹き始める頃には、このつたの葉もすっかり落ちてしまうのでしょう。そして、また春が来るまでゆっくりと地中に根を張っていくのでしょう。
そんな季節のいとなみを、ふと足を止めて眺めています。
国立ではクリスマスツリーが街頭を飾るようになりました。大学通りも、もうすぐイルミネーションで輝くようになるのでしょう。
もうすぐ、師走になりますね。
週末は宇部市で、男女共同参画事業の一環としての講座を担当してきました。
土曜日の夜、センターの館長さんを含め、長い間宇部市で女性問題に取り組んでこられた数名の方とお食事をするチャンスをいただきました。
彼女たちの様々な活動の歴史に耳を傾けながら、私は日本の草の根女性運動の息の長い取り組みに心を揺さぶられておりました。
戦後の長い間、女性問題に関する学びとは、地域の社会教育の一環だったのです。地域での地道な勉強会や聞き語りなどを、女性たちが集い、聞き、書き、まとめ、そして一冊の報告書に作り上げて、お互いで成果を喜び合う。
そうした地道な活動が、日本の女性解放運動の根底を支えてきたのだろうと思うのです。「書く」「まとめる」という行為が、自分を客観的に振り返り、自分のありようをとらえなおす「学び」だった、ということ。
私自身、大学の卒業論文では、東北のある地域における戦後の農民生活改善の冊子を研究しました。ごく普通の人たちの地道な取り組みが、戦後の民主教育のしっかりした土台を作ったことの意味が、冊子を通して鮮やかに見えてきたのを覚えています。
「大きな大会で著名な先生をお呼びして、その後ものすごい費用をかけて立派な報告書を作るということは、資源の無駄遣い。一体誰にとって、何のための、誰が読む報告書なのかを問いかけて、来年度からの無駄な報告書作成はやめにしたの」と、館長さんがお話しされました。
いつの間にやら、地域活動の成果が立派な報告書となり、そのためのテープおこしや編集、印刷に莫大な費用をかけるようになり、報告書作成のプロセスそのものよりも、出来上がりの成果物がどれほど立派なものかを競う、本末転倒なものになってしまったというのです。
戦後の長い社会教育を超えて、今や「情報」とは、生まれては消える、ものすごくスピードの速い消費物の一つとなりつつあります。手作りで情報をまとめる作業そのものの価値はなくなり、売れる情報ばかりが氾濫し、私たちは情報を必要なだけをつまみ食いして消費するようになりました。
情報の「価値」は今でかつてないほど高くなったにもかかわらず、その意味は根本的に変わってしまいました。
手作りで情報をつむぎ出していた彼女たちの活動の意味を、忘れないでいたいと心から思った夜でした。
先日から私の母校で、学生を対象にしたアサーティブコミュニケーション講座を始めました。
大学のすぐ近くに事務所を構えながらも、実際に足を運ぶのは年に1度の市民祭と学園祭の時くらいで、大学の中に足を踏み入れるのは、なんだか場違いのような、恥ずかしいような、おジャマ虫のような気がして、どうも足が遠のいておりました。
それが、学生を対象に「まちづくり」の授業をコーディネートしている10年来の友人に、是非ともと頼まれて、学生と市民がよりよくコミュニケーションを取れるための実践的な講座として、今週から4回連続で担当できることになったのです。
大学の構内に足を踏み入れると、変わらない風景と新しい校舎が混じりあっていて、懐かしい感じと「キャンパス!」という初々しい感じが、一気に押し寄せてきました。
テニスコートや古い剣道場などを見ると、10数年前の記憶がよみがえってきます。うとうとしながらも、先生の話を一生懸命ノートに書き写したこと。サークルの先輩と飲んではめをはずした日々。人生いかに生きるべきか、これからどのように生きるのかを真剣に悩んだ日々。
私は大学2年生が終わった時、「これでいいのか、学生時代」と悩みに悩んで、1年間大学を休学し、デンマークに単身渡りました。また大学を1年遅れて卒業した後も、福祉の勉強をしたくて、親と大喧嘩をしながら福祉の専門学校に行ったりしたので、大学時代は「悩んだぁぁ!」という5年間だったような気がしています。
時の経つのは、どうしてこんなに早いのでしょう。
悩みつつも、20代を駆け抜け、30代を必死に走り、今に至る年月は、振り返ればあっという間の気がします。それでも、一つひとつを手に取ってながめれば、キラキラとかけがえのない私の人生のひとかけらだと思って、嬉しくなるのです。
そんな自分自身の学生時代を振り返りながら、今、一生懸命「まちづくり」や「市民活動」を考えようとしている学生の彼らたちと、短い時間であってもいろんな話をすることができたらいいなと、楽しみにしているところです。
この週末は関西に来ています。
さて、昨日タクシーに乗ったら、おもむろに、運転手さんが話しかけてきました。
「お客さん、この車、タバコの匂いしませんか」
「大丈夫ですよ。私もちょっと心配しましたが、何も匂わないですよ。ありがとうございます」
そう話したら、運転手さんはもっと話をし始めました。
「実はね、お客さんのタバコは本当に困るんです。つらいけど、あきませんとは言えなくて、私タバコが本当に苦手で、ほんま、つらいですわ」
その運転手さん、私と同じくタバコもだめ、香水もだめという方らしいのです。私はタバコはもちろん苦手ですが、香水やコロンなどの強い香りも苦手なのです。
公共機関はどこも禁煙になってきました。ビルの中はもちろん、公共機関の電車もバスも飛行機も、全面禁煙が当たり前の時代になってきました。歩きタバコも禁止されるようになり、愛煙家の方々は肩身の狭い思いをされているに違いありません。
「お客さんの中には、他では吸えないから、ここしか吸えないから、どうしてもお願いといわれる方もいて、私は何も言えませんで・・・」
一番つらいのは、3人乗って全員がすぱすぱタバコを吸うときだそうです。窓は閉めていますから、車の中は煙で白くなり、エアコンにタバコのにおいが付いたらもう取れないのだそうです。
タクシーは個室ですから、逃げ場がありません。私自身、タバコを吸っているタクシーの運転手はなるべく避けるようにしていますので、乗車の選択権がありますが、当の運転手さんにはその選択権がないのですからね。
「つらいですねえ。本当に同情します。禁煙タクシーがもっともっと増えて、運転手さんも乗客も簡単に選べるようになるといいですね」と言って、私は車を降りました。
ちなみに、匂いとか嗜好などは、個人の人格部分に最も近いものであるため、批判でなくとも指摘をするのは、アサーティブネスの領域でも最も難しい課題の一つに挙げられています。アン・ディクソンの最新の著書にも、「タブーの話題」として体臭を指摘するという例題が載っていました。
それにしても、タクシーのおっちゃんの本当につらそうな声が、しばらく耳に残って忘れることができない朝でした。
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