AJ代表日記

AJ代表 森田汐生のつぶやきを記します

二月は去る

二月は逃げる三月は去る、という言葉の通り、あっというまに二月も終わりです。
事務所のある国立市では梅の花が咲き、事務所前の木蓮の木の花のつぼみが日に日にふくらみ始めています。

今年に入ってから今まで、アンさんのプロジェクトで本当に大忙しの日々でした。
私は全ての原稿を「プロジェクトが終わってから」と後回しにしていたために、これからたまった原稿を書くために必死の日々が始まります。

それでも、一息ついて周りを見回すと、なんだか春の空気です。

週末は、アサーティブネストレーナー養成講座をこちら国立で開くことができました。車椅子の参加者の方々のアクセスを考えて、市内にある東京都多摩スポーツセンターで会場を借りました。車椅子にアクセスがいいということは、全ての人にアクセスがいいということです。

初めて国立に来た受講生の方に、
「くにたちって、いいところですねえ」
と言われて、
「はい。こちらの大学通りは春になると桜が美しいです。それに“さくら通り”は、まるで桜のトンネルのようになるんです」
と、思わず“我がまち”自慢をしてしまう私。

大学時代から住み続けたこの町が大好きなので、みなさんが国立まで来てくださったことだけですっかり嬉しくなりました。

さて、春のような土曜日から一転して、日曜日は一日雨の日でした。この日は一橋大学の受験の日でもあり、朝の雨の中、「おはようございます」、「がんばってください」と、先輩たちが駅を出る受験生たちに声をかけていました。

この学生たちは、私が入学した頃に生まれた人たちなのね、と考えると、一瞬この間の年月の流れの早さに頭がくらっとしましたが・・・。

さて、今週から3月に入ります。年度末決算ということもあり、これから4月、5月の総会時期までさらにスピードが加速されそう。でも、楽しんでこの時期を乗り切っていきたいと思います。

実家で一休み

アン・ディクソンさんの一連のイベントが無事終了し、四国に出張に行ったついでに実家に寄ってくることにしました。私の父は認知症のため、母がつきっきりで父親の介護をしています。父はコタツに座って一日中ニコニコしている好々爺で、特に手がかかるというわけではないので、むしろ母の話を少しでも聞くために帰ったのでした。

日常に多少支障はあるものの、二人とも心配していたほどではなく、私は胸をなでおろしました。本当はあれもこれも仕事をしなければと原稿を抱えて帰ってきたのですが、アンさんのイベントが終わってほっとしたのか、私の頭もぼおーっとして、三人でオリンピック関連のテレビばかり観ています。

二日目の朝は私の顔を見てびっくりした父(昨晩会ってるでしょ!と言うことは通用しません)も、翌々日の朝にはとりたてて驚く様子もなく、私の顔を見て安心したように微笑んでいました。

父にはもう言葉はありません。
耳が聞こえないために、彼は静かな世界にひっそりと暮らしているのです。

認知症の父を見ながらすごいなあと思うのは、まるで子どものように人の優しさを敏感に感じ取る力です。ヘルパーさんでもデイケアの職員さんも、優しく接してくれる人の顔はすぐに覚えますが、ちょっと冷たい扱いを受けると絶対に顔を覚えません。優しい気持ちで赤ちゃんに対するように接すると、にっこりと微笑み返してくれるのです。

長年の習慣だった喫煙もすっかり忘れてしまった父ですが、彼に残された力は、食べる力と排泄の力、そして愛情を受け取る力のような気がしています。
人間が生きていくために必要なものは何なのか。父を通して私はその根源を見ているような気がしてなりません。

最期まで人間として尊厳をもって生きるはどういうことなのだろうと、父を見ながら何度も考えています。

私と同世代の人たちが親を亡くしたり、介護のことで苦労したりしているのを耳にしながら、あと何年こうした時間を過ごすことができるのだろうと考えます。母は父の思い出のものを少しずつ処分しながら、これからのことに備えながら、一日一日を丁寧に生きているようです。

エキサイティングで刺激的なアンさんのプロジェクトが終わり、年老いた両親の日常ペースに入ると、なんだか体がとろけそう。でも、こんな時間も今夜まで。
さて、今夜は夕食に何を作りましょうか、お父さん。

アサーティブに生きるということ

アン・ディクソン氏による講演とワークショップは、12日の日曜日をもって全てのスケジュールを無事終了することができました。昨日はアンさんと最後にお茶をしながら、最後にふり返りの時間を持ちました。

仕事以外の時間でのアンさんのハイライトは、京都の錦市場だったそうです。日本の食文化の奥の深さとその美しさに、心から感動したそうです。
「お豆腐にも何百通りの食べ方があるのね。それから豆を使ったお菓子の美しいこと」

正直のところ、豆腐といえば冷ややっこと豆腐サラダ、せいぜい炒め物と煮物くらいしか作らない私は、この言葉でちょっぴり自己反省。日本文化の良さを、アンさんの目を通して再確認いたしました。

さて、私自身はこれから、今回のことを通じて何を学んだのかをじっくりと振り返る時間を取ろうと思っています。一人の人間としても、いちトレーナーとしても、そしてアサーティブネスを広める責任ある立場としても、今回のアンさんの来日から大変多くのプレゼントをもらいました。

「これからの課題として・・・」と、私が話し始めようとするのをさえぎって、アンさんは言葉を続けました。
「私がイギリスで見てきた失敗も含め、本当にあなたたちにやってほしい最重要の課題は、アサーティブジャパンのトレーナー同士が、そしてアサーティブジャパンのスタッフ同士が、まずはお互いにアサーティブになることよ」
アンさんは静かに言いました。

アサーティブネスの“伝え手”であるということは、単にその情報を伝えたりロールプレイのファシリテートの技術を持っていたりするだけではないのです。それは、アンさんご自身が日本滞在中に見事に見せてくれたように、『アサーティブに生きる』ということであり、『生き方』そのものをアサーティブにするということだということでした。

伝え手の時だけにアサーティブになるのではなく、日常生活で、職場の関係で、友人や家族との関係全ての中で、まずは私自身が“アサーティブに生きる”ことが、実は一番求められているのです。

「内側の力」を鍛え、どんな「タテ関係の力」の社会の中でも、自分の力を信じてまっすぐに立とうとすること、そして相手も一人の人間として対等に向き合うことを忘れないこと。アサーティブであることは、自分に誠実に向き合いつづけるチャレンジであるということ。

それこそが、アンさんの滞在で一番私自身が学んだことでした。

“はしご”を認めつつ

アン・ディクソン氏の来日スケジュールも、明日からの週末2日間の講座を残すばかりとなりました。ここのところ、一連のワークショップや研修の報告ばかりで申し訳ないのですが、せっかくの機会ですのでやっぱり引き続きご紹介したいと思います。

8日の水曜日は、渋谷で、『職場におけるアサーティブネス』というテーマのもと、30人強の参加者と一緒に、力関係をどのようにアサーティブに取り扱うのかを学びました。アンさんは、何度もくり返し、タテ関係の力が存在する中で、内側の力をどのように発揮するのかということを述べておられました。

デモンストレーションで紹介されたのは、いずれも大変難しいテーマばかり。契約社員と上司の関係、教師と学生の関係、会社の管理職と顧客の関係、正社員と社長の関係・・・。まさに、タテ関係の職場の中でどのように自分の内なる力を維持し、相手を尊重しつつも対等に向き合うことができるのかを、みんなで一緒に考えた時間でした。

ロールプレイの中で見事に変わっていく参加者の姿を見ながら、私自身もアンさんの言われる、「内側の力」のもつ根本的な対等性と自己信頼に基づいた力の強さのありように、思わず見入っておりました。

参加者の一人がおっしゃっていました。
それは、「自分が強い立場にあるとき、“はしご”から下りたがっている(はしごを認めたくない)のだということ。しかし、“はしご”の存在を認めた上で、そこで、タテ関係の力ではなく自分の内側の力を使うことが重要である」。
それを、私自身再度痛感しているところです。

“はしご”の上にいて、優位な立場にいる場合、自分がそれを認めたくなくて無視するということは、自分の立場の持つ責任を放棄することでもあるということです。

“はしご”は、外のどこにもかかっているけれど、実は自分がその“はしご”を内面化し信じ込み、自分自身を卑下したり相手に対して傲慢になったりすることこそが、一番の問題であるということ。その自分の内なる“不対等性”に気づき、それを真摯に見つめなおしてチャレンジし続けること、そのことがアサーティブな向き合い方なのだと思いました。

情報の多さに多少消化不良気味ではありますが、ぜひ参加された方のいろんな意見をいただきながら、私もじっくりと味わっていきたいと思います。

アン・ディクソンによる会員研修

週末はアン・ディクソン氏による、アサーティブジャパンの会員研修でした。2日間、実に盛りだくさんな内容で、私自身も参加者のみなさんも、本当にたくさんのことを学んだ週末でした。

参加された会員の方は、北は北海道、南は沖縄、そして遠くははるばる北京から、総勢42名の方が参加してくださいました。会場は、皆さんの熱気で一杯でした。

最初に、アンさんの最新の著書『それでも話し始めよう』でも詳細に書かれている「タテ関係の力」と「個人の内なる力」のパワーを両方とも見据えながら、二つの力のバランスをとって人や状況に向き合うのだというお話。

さらに、怒りや批判などの強い感情を、どのように自分で理解し対処していくのかというお話。

最後に、アサーティブネスが社会変革にどのように結びつくのかというお話も圧巻でした。彼女の南アフリカでの体験から学んだことを元に、個人に対して恨みや憎しみをぶつけるのではなく、私たちをこのような対立させる状況にしている社会の仕組みそのものに、アサーティブに向き合うことの大切さをしっかり話してくださいました。

様々な活動の中でも、活動メンバー同士が足を引っ張り合ったり、上下関係にとらわれたりするがために、本来の活動の意味を見失っている状況が多いものです。だからこそ、組織や活動団体の構成員の一人ひとりがアサーティブであることが必要であるということも、心に響いた言葉でした。

参加された方々の感想で、「アサーティブネスの原点を思い出した」という方がたくさんいらして、その言葉に私は大変感激しました。多くのことを学んだ2日間で、私自身もまだ、今回学んだことを体と心と頭の中で消化している最中です。

2日目の最後には「本当にありがとう」の拍手が鳴り止まず、アンさんも私も涙ぐんでしまいましたが。

さて、本日と明日は、アサーティブトレーニング体験者むけに、「身近な人との関係」「仕事とアサーティブネス」というテーマで取り組む1日ワークショップです。どんな一日になるのか、今からとても楽しみです。

横浜での講演会

東京、横浜、大阪、京都と続いたアン・ディクソンの講演会と講座から、昨日戻ってまいりました。講演会は、すべて満員御礼の大盛況となり、参加者の方々との熱心なやり取りが続きました。

横浜での講演の時のことです。100名近くの参加者の中で、アンさんが、イギリスでのアサーティブネスの歴史やその後25年間の変遷について説明してくれました。その後の質疑応答のやり取りの最後に、会場からアンさんへの質問がありました。

「世界には暗くなるようなことがたくさんあって、絶望的になる気持ちがあるということですが、それでもなぜ、あなたはアサーティブネスを伝え続けようとしているのですか」、
というものでした。

彼女はその答えとして、1980年代に彼女が訪れた、南アフリカでの体験談を話してくれました。

当時の政府当局から激しい弾圧を受けつつも、なおあきらめずに闘い続けていた人たちの中に、70代半ばの黒人の女性がいました。
アンさんは、彼女に質問をしたそうです。
「なぜ、こんなに弾圧をうけながらも、あきらめないで活動を続けることができるのですか」、と。

その質問に、黒人女性はこのように答えたそうです。

「なぜならば、真実は、われわれの味方だから」。

アンさんは、そこで一瞬言葉につまっていました。私は隣に立ちながらも、涙がこらえきれなくなりました。司会者として話をつなぐべきときに、私自身も言葉につまってしまったのでした。

アサーティブネスを一言で表すと、「自分に誠実で(真実で)あること」と、アンさんは表現します。

この時代の流れの中で何を大切にしながら、アサーティブネスを伝えるのかということの、彼女の原点を見ることができたような気がします。そうしたゆるぎない信念と、絶望の中でも希望を忘れることなく、等身大の自分で、何を大切にしているかの価値観をきちんと見せ続ける勇気を持つこと。

短い時間ではありましたが、多くのことを学んだ3日間でした。