年度末と年度初めは、少しだけ事務所が静かになります。講師が全国各地へ出かけていると、事務所内でスタッフが走るくらい忙しいのですが、今週はとても落ち着いています。
落ち着いたところで、そうだと思い立ったことがありました。ずっと先延ばしにしていた棚の掃除。いらないファイルや昔の書類が山のようにつまっている棚です。ちょうど1年前にこの新しい事務所に引っ越してきて、「えいや」と放り込んでいたままでしたが、新しく事務所をレイアウトするということになり、そのため棚の整理をしなければならなくなりました。
私は自他共に認める、捨てる名人。事務所内でも「モノを取っておく人」と、「モノを捨てる人」とがいて、お互いちょうどいい時期を見計らって大掃除をすることにしています。前回の大掃除は引越しのときで、そのとき以来たまりにたまったファイルや書類を、この際すっかり処分することにしました。
古いファイルを広げると、アサーティブジャパンが任意団体だった頃のチラシや研修のお知らせがあり、昔の事務局ミーティングの記録があり、読み始めるとすっかり没頭してしまいました。
そうか、こんなこともあったなあ、あんなこともあったなあと、古いアルバムを開くように思い出が次々と浮かんできます。
数年前と比べるとずいぶんと状況が変わりました。事務所のスタッフの人数も大幅に増えましたし、やっている事業も比較にならないほど大きくなりました。
以前国立の小さな事務所にいたときは5人もいれば「酸欠状態」になり、作業能力が落ちるということで出勤を控えていたのが、遠い昔のようです。いまや広々としたオフィスがあり、スタッフも8名になり、そしてこのスペースで講座を開くことができるようになりました。
昔のファイルから、懐かしい思い出にちょっぴり浸ることができた貴重な時間でした。
国立の大学通りは今日は桜が満開になっています。
私たちも昼には外に出て、桜を愛でに参りましょう。
大掃除
卒業シーズン
先日の火曜日のお彼岸の日は、静岡まで行って参りました。行き帰りの新幹線から、雪の帽子をかぶった富士山がくっきりと見えました。
アサーティブネスに関する講演会は、100名の定員のところあっというまに120名の方がお申し込みされ、当日は大勢の方の熱心なまなざしに支えられてお話しすることができました。
午前中にちょっとお邪魔した程度でしたが、訪れた静岡市は春の香りで一杯でした。
会場の近辺にはもう菜の花が咲いているではありませんか。
これには驚きました。
日本列島北から南。土地が変われば風景も変わりますね。東京は桜の開花は早いけれど、空気はまだまだ冷たくて、私はコートが手放せません。しかし、静岡の駅でぶ厚いコートを着ているのは私一人だけ。みなさん春のジャケット姿で、足取りも軽く歩いていらっしゃいます。
駅のお店に寄ってみたら、菜の花を中心に花がいっぱい飾ってあって、すっかり春の様子です。なんだか心までがぱっと明るくなりました。
今年の冬は、アン・ディクソンのイベントなどでずいぶん走りまわりました。そして3月初めに家族の入院や手術が入り、しばらく心が落ち着きませんでした。その冬が終わり春になるというこの時期、立ち止まって、過去のことや将来のことを色々と考えています。
事務局スタッフも子どもたちが入試やら卒業やらを迎え、私も一緒に一喜一憂していました。この春は、そのうち二人が子連れで春休みの旅行に出かけてきます。
そんな彼女たちを見送りながら、ちょっとだけ息をついています。
少しだけのんびりできる3月末から4月初め。
国立の桜のつぼみもふくらんできました。
もうすぐ桜の花で美しい季節になるでしょう。
アサーティブネスに関する講演会は、100名の定員のところあっというまに120名の方がお申し込みされ、当日は大勢の方の熱心なまなざしに支えられてお話しすることができました。
午前中にちょっとお邪魔した程度でしたが、訪れた静岡市は春の香りで一杯でした。
会場の近辺にはもう菜の花が咲いているではありませんか。
これには驚きました。
日本列島北から南。土地が変われば風景も変わりますね。東京は桜の開花は早いけれど、空気はまだまだ冷たくて、私はコートが手放せません。しかし、静岡の駅でぶ厚いコートを着ているのは私一人だけ。みなさん春のジャケット姿で、足取りも軽く歩いていらっしゃいます。
駅のお店に寄ってみたら、菜の花を中心に花がいっぱい飾ってあって、すっかり春の様子です。なんだか心までがぱっと明るくなりました。
今年の冬は、アン・ディクソンのイベントなどでずいぶん走りまわりました。そして3月初めに家族の入院や手術が入り、しばらく心が落ち着きませんでした。その冬が終わり春になるというこの時期、立ち止まって、過去のことや将来のことを色々と考えています。
事務局スタッフも子どもたちが入試やら卒業やらを迎え、私も一緒に一喜一憂していました。この春は、そのうち二人が子連れで春休みの旅行に出かけてきます。
そんな彼女たちを見送りながら、ちょっとだけ息をついています。
少しだけのんびりできる3月末から4月初め。
国立の桜のつぼみもふくらんできました。
もうすぐ桜の花で美しい季節になるでしょう。
権利の意味
週末はプレゼンテーション研修でした。全国各地から会員の方が参加され、アサーティブトレーニングのプレゼンテーションを通じて、たくさんのことを学んだ2日間でした。
私にとっての今回のハイライトは、一人ひとり「アサーティブネスとは」という簡単な説明とそれぞれの思いの部分を語っていただいた部分でした。なぜ、今、アサーティブネスを伝えたいのか、アサーティブと人権思想がなぜ結びついているのかなど、それぞれの言葉でしっかりと語ってくれました。
私はトレーナー会員の方々とのかかわりが長い分、それぞれの言葉から見えてくる姿に感動していました。なるほど、そんな気持ちで「伝え手」になろうと思ったのか、そんなところが心に響いたのかと、皆さんの説明を聞きながら胸の奥が熱くなっておりました。
さて、プレゼンテーション研修も最後の部分で、長年私たちの友人であり、影ながらいつも応援してくださっている理事のEさんが、口を開きました。
「アサーティブネスとは、長い歴史の中から生まれてきました。アメリカで南北戦争があり、黒人差別をなくすための仕組みが出来上がり、人はみな平等という法律や制度が作られました。
でも、制度や仕組みはできてもまだまだ人の心は変わらない。制度として平等になっても、長い間黙ってきた黒人や女性たちは、一体どうやって自分の権利を主張していいのかわからない。表向き“対等”といっても、それをどのように主張してよいのかわからなかった。
アサーティブネスは、長い間黙ってきた人たちに、『それでも言っていいんだよ、あなたには主張する権利があるんだよ』という、本当に人間としての当たり前の『権利』として、まずは出発したのです」
そんな話を熱く語ってくれました。
アメリカで、アサーティブネスのバイブルとよばれる書籍のタイトルは、『Your Perfect Right』(あなたの完全な権利)です。その意味は、上記のEさんの言葉に凝縮されています。
その意味も深く理解した上で、本当に私たちは何を伝えていきたいのか、皆で考えていきたいと思った2日間でした。
私にとっての今回のハイライトは、一人ひとり「アサーティブネスとは」という簡単な説明とそれぞれの思いの部分を語っていただいた部分でした。なぜ、今、アサーティブネスを伝えたいのか、アサーティブと人権思想がなぜ結びついているのかなど、それぞれの言葉でしっかりと語ってくれました。
私はトレーナー会員の方々とのかかわりが長い分、それぞれの言葉から見えてくる姿に感動していました。なるほど、そんな気持ちで「伝え手」になろうと思ったのか、そんなところが心に響いたのかと、皆さんの説明を聞きながら胸の奥が熱くなっておりました。
さて、プレゼンテーション研修も最後の部分で、長年私たちの友人であり、影ながらいつも応援してくださっている理事のEさんが、口を開きました。
「アサーティブネスとは、長い歴史の中から生まれてきました。アメリカで南北戦争があり、黒人差別をなくすための仕組みが出来上がり、人はみな平等という法律や制度が作られました。
でも、制度や仕組みはできてもまだまだ人の心は変わらない。制度として平等になっても、長い間黙ってきた黒人や女性たちは、一体どうやって自分の権利を主張していいのかわからない。表向き“対等”といっても、それをどのように主張してよいのかわからなかった。
アサーティブネスは、長い間黙ってきた人たちに、『それでも言っていいんだよ、あなたには主張する権利があるんだよ』という、本当に人間としての当たり前の『権利』として、まずは出発したのです」
そんな話を熱く語ってくれました。
アメリカで、アサーティブネスのバイブルとよばれる書籍のタイトルは、『Your Perfect Right』(あなたの完全な権利)です。その意味は、上記のEさんの言葉に凝縮されています。
その意味も深く理解した上で、本当に私たちは何を伝えていきたいのか、皆で考えていきたいと思った2日間でした。
自分の人生の優先順位
家族が入院し、先週は毎日病院通いの日々でした。月曜日に入院、翌日手術、そしておかげさまで4日目には退院することができました。
それにしても、様々な病院で講師としての研修体験はありましたが、今回は患者の立場として看護師さんの親切さや優しさを、これほどまでに身にしみて感じたことはありませんでした。一人ひとりの気持ちを聞き、丁寧に説明してくださり、気持ちが沈みがちな時に明るく振舞ってくださり。また担当ドクターも、手術の進め方、内容、どこまでどのような方針で行うのかも、大変明確に詳細に客観的に説明してくれました。
初期のガンであったため、それほど大きな手術とならないで終わりましたが、身にしみて感じたのは、手術そのものよりも手術の前に精神的な動揺、不安、「どうして私が」という怒りや悲しみを感じ、そうした気持ちの対処にどれほどエネルギーがかかるかということでした。
アン・ディクソンが来日した際、様々な感情を認識して言葉にすることの重要性を話してくれました。その時は自分でも十分わかっていたつもりでしたが、思った以上に精神的なストレスが大きく、不安を隠しているために笑うことができなかった数日間がありました。私よりも本人のほうがずっと不安だったろうにと思うのですが、振り返れば私も本人と同じくらい動揺していたような気がします。
健康で元気でそしてそれほどの不安を抱えていなければ、「たいしたことなどない」と思える部分も、不安が大きいとちょっとしたことで心が揺らぐものですね。
病気や別離、死など、人生の中でのつらい体験をすると、自分がアサーティブであることの本当の意味が見えてきます。今回、人生の中でも対処の難しい課題に向き合い、まさに、「私自身がどのように生きていきたいのか」ということを考えました。それはとりもなおさず、自分の人生の優先順位を考えることでもあるのだと思います。
アサーティブネスの権利の第一に、「私には、日常的な役割にとらわれることなく、ひとりの人間として自分のための優先順位を決める権利がある」というものがあります。
自分のための優先順位とは何だろう、と、今も考え続けています。
それにしても、様々な病院で講師としての研修体験はありましたが、今回は患者の立場として看護師さんの親切さや優しさを、これほどまでに身にしみて感じたことはありませんでした。一人ひとりの気持ちを聞き、丁寧に説明してくださり、気持ちが沈みがちな時に明るく振舞ってくださり。また担当ドクターも、手術の進め方、内容、どこまでどのような方針で行うのかも、大変明確に詳細に客観的に説明してくれました。
初期のガンであったため、それほど大きな手術とならないで終わりましたが、身にしみて感じたのは、手術そのものよりも手術の前に精神的な動揺、不安、「どうして私が」という怒りや悲しみを感じ、そうした気持ちの対処にどれほどエネルギーがかかるかということでした。
アン・ディクソンが来日した際、様々な感情を認識して言葉にすることの重要性を話してくれました。その時は自分でも十分わかっていたつもりでしたが、思った以上に精神的なストレスが大きく、不安を隠しているために笑うことができなかった数日間がありました。私よりも本人のほうがずっと不安だったろうにと思うのですが、振り返れば私も本人と同じくらい動揺していたような気がします。
健康で元気でそしてそれほどの不安を抱えていなければ、「たいしたことなどない」と思える部分も、不安が大きいとちょっとしたことで心が揺らぐものですね。
病気や別離、死など、人生の中でのつらい体験をすると、自分がアサーティブであることの本当の意味が見えてきます。今回、人生の中でも対処の難しい課題に向き合い、まさに、「私自身がどのように生きていきたいのか」ということを考えました。それはとりもなおさず、自分の人生の優先順位を考えることでもあるのだと思います。
アサーティブネスの権利の第一に、「私には、日常的な役割にとらわれることなく、ひとりの人間として自分のための優先順位を決める権利がある」というものがあります。
自分のための優先順位とは何だろう、と、今も考え続けています。
札幌10年目
この週末は、札幌でのアサーティブトレーニング基礎講座に来ています。北海道のトレーナー会員の人たちが駆けつけてくれて、なんだか同窓会のよう。25名の定員全員の方が来てくださり、外の寒空はなんのその、部屋の中は熱気で暑く、何度も窓を開けるほどです。
考えてみれば、札幌で初めて基礎講座を開いたのが、ちょうど10年前の2月。雪の降りしきる寒い日ではありましたが、市内のクリスチャンセンターという場所で、20名の方と一緒に基礎講座を体験したのを、今も鮮やかに覚えています。その当時私の講座をオーガナイズしてくれた、あるいはその頃参加してくださっていた方が、今はトレーナーとして北海道で活躍しているのを考えると、本当に嬉しくなります。
10年かあ。
ちょっぴり感慨深くなります。あの頃は、私自身も日本でアサーティブネスを伝え始めてまだ3年目くらいでした。たまたま北海道新聞で連載をしてみませんかと頼まれて、毎週簡単な紹介記事を書いたものが大変な反響を呼び、そこから初めて札幌で自主講座が始まったのでした。
その時の北海道新聞の連載記事は、『アサーティブネスへようこそ』というブックレットとなり、今もわかりやすい入門書として好評をいただいています。
札幌に始まったアサーティブネスから10年、今回は本当に久しぶりに私が講師を務めることになり、正直のところ私自身もちょっぴり緊張していました。でも、参加者の方の熱意とお互いのサポートの力、そして心強いスタッフ4名に囲まれて、あっという間に私も輪の中に入ってしまいました。
さて、金曜日の夜に札幌入りし、まずはびっくり仰天したのが雪の量。札幌の人は、今年は少ないよとは言うのですが、何度来ても冬の北海道の雪の多さに驚きます。山形に住む車椅子のトレーナーが、「山形では隣のビルに行くまででも、死活問題です」としみじみ話をしてくれたことを思い出しました。
東京では梅の花が咲き始め、春が近づいているというのに、北国ではまだしばらく真冬の日々なのですね。除雪された道はともかくも、雪の多い道を車椅子の彼女たちはどんなに苦労しながら歩いているのだろうかと、雪を見ながら改めて感じた夜でもありました。
考えてみれば、札幌で初めて基礎講座を開いたのが、ちょうど10年前の2月。雪の降りしきる寒い日ではありましたが、市内のクリスチャンセンターという場所で、20名の方と一緒に基礎講座を体験したのを、今も鮮やかに覚えています。その当時私の講座をオーガナイズしてくれた、あるいはその頃参加してくださっていた方が、今はトレーナーとして北海道で活躍しているのを考えると、本当に嬉しくなります。
10年かあ。
ちょっぴり感慨深くなります。あの頃は、私自身も日本でアサーティブネスを伝え始めてまだ3年目くらいでした。たまたま北海道新聞で連載をしてみませんかと頼まれて、毎週簡単な紹介記事を書いたものが大変な反響を呼び、そこから初めて札幌で自主講座が始まったのでした。
その時の北海道新聞の連載記事は、『アサーティブネスへようこそ』というブックレットとなり、今もわかりやすい入門書として好評をいただいています。
札幌に始まったアサーティブネスから10年、今回は本当に久しぶりに私が講師を務めることになり、正直のところ私自身もちょっぴり緊張していました。でも、参加者の方の熱意とお互いのサポートの力、そして心強いスタッフ4名に囲まれて、あっという間に私も輪の中に入ってしまいました。
さて、金曜日の夜に札幌入りし、まずはびっくり仰天したのが雪の量。札幌の人は、今年は少ないよとは言うのですが、何度来ても冬の北海道の雪の多さに驚きます。山形に住む車椅子のトレーナーが、「山形では隣のビルに行くまででも、死活問題です」としみじみ話をしてくれたことを思い出しました。
東京では梅の花が咲き始め、春が近づいているというのに、北国ではまだしばらく真冬の日々なのですね。除雪された道はともかくも、雪の多い道を車椅子の彼女たちはどんなに苦労しながら歩いているのだろうかと、雪を見ながら改めて感じた夜でもありました。