先週末は東京都内での「トレーナー養成準備講座」の第3回目でした。20名の参加者全員が参加され、私自身も参加者のみなさんと一緒に多くのことを学べた6日間でした。
さて、三週末を一緒に過ごし、アサーティブネスという"道具"を手にして、自分の中で何が一番変わったのでしょうか。
「これまでは、言うときは言う、言わないときは我慢している、ということだった。
でも今は、色んな"言う"と"言わない"があることがわかった。
自分のコミュニケーションの選択肢がものすごく増えたから、人間関係がとっても楽になりました。」
そんな風に、一人の参加者の方が伝えてくれました。
アサーティブネスとは、攻撃的でもなく、受身的でもなく、あるいは作為的でもなく、誠実に、率直に、対等に自分の気持ちや要求を伝えることのできるコミュニケー ションです。上記の参加者の方の言葉がみごとにそれを言い当てていて、なるほどと私も深くうなずきました。
相手と話し合う際に勝ち負けの議論になると、必ずといっていいほど攻撃性が生まれるものです。どっちが正しいか間違っているかとなると、一方が我慢したり黙ったりしてしまいます。黙っている側は、次回の話し合いの際に、必ず攻撃的になります。
避けることのできない悪循環とでも言いましょうか。
「競争でも勝ち負けでもなく、相手と一緒に目標を定め、話し合いながら共に歩いていくことのできる相互尊重のコミュニケーションのあり方は、可能です。」
今年の初めに来日したアン・ディクソン氏は、レクチャーの中でこう言い切りました。
攻撃的ではなく静かに、対等に話し合うことは、本当に難しい。しかし、それは可能であり、アサーティブネスはそれを可能にしてくれる、人とひととの“向き合い方”であり、話し合うための具体的な方法なのだと思います。
準備講座参加の皆様、本当にお疲れ様でした。
よい人生をこれからも歩んでいってください。
コミュニケーションの選択肢
批判をすることされること
批判について、私たちはすることもされることも非常に苦手のようです。
アサーティブネスでは、建設的に批判することと、批判を受けたときの対処について学ぶのですが、それでも私たちは、できることならば「嫌な事は言いたくない」と避ける傾向にあります。
建設的な批判とは、「あなた(という人間)はいいけれど、あなたのこの態度や行動について、私はこのような理由から問題があると思う。次回はこのようにしてほしい」と、率直に伝えることです。
「あなたが間違っていた」「あなたは○○な人だ」「あなたがこうだから」という言い方ではなく、あくまで相手のことを尊重しつつ、相手が変えることのできる行動範囲について、きちんと指摘をするわけです。
なるべく私もそのように気をつけながら批判をしているつもりではありますが、もう一つ、受け取る側がアサーティブでない場合、やっぱりコミュニケーションは上手くいきません。
アサーティブに批判を受け止めるということは、「当たっている批判」なのか「当たっていない批判」なのかを自分の側で判断し、当たっていれば「その通りでした」と率直に受け止めます。当たっていなければ、「私はそのようには考えません」と静かに相手に意見を伝えて、話し合いの場を設けます。
批判を受ける際には、もう一つ大切なポイントがあります。
その時の感情にアサーティブに向き合うということです。
批判を受けるとかっとなったり、頭が真っ白になったりします。あるいは、「この人に嫌われた」「自分のことを否定された」とショックを受ける場合もあるでしょう。
その際の気持に振り回されるのではなく(要するに、かっとなったまま言い返すとか、傷ついて黙ってしまうのではなく)、その自分の気持をそのまま言葉に出すということです。
「ショックでした」、「めげますね」、「その言葉はかなりつらいです」
そうすることだけでも、ずいぶんと肩の力が抜け、前向きな話し合いになると思います。
日々の生活の中で、ともに生活をしている人たち、一緒に仕事をしている人たちと、きちんと向き合いながら、率直に建設的に話し合いをしていきたいと思います。
アサーティブネスでは、建設的に批判することと、批判を受けたときの対処について学ぶのですが、それでも私たちは、できることならば「嫌な事は言いたくない」と避ける傾向にあります。
建設的な批判とは、「あなた(という人間)はいいけれど、あなたのこの態度や行動について、私はこのような理由から問題があると思う。次回はこのようにしてほしい」と、率直に伝えることです。
「あなたが間違っていた」「あなたは○○な人だ」「あなたがこうだから」という言い方ではなく、あくまで相手のことを尊重しつつ、相手が変えることのできる行動範囲について、きちんと指摘をするわけです。
なるべく私もそのように気をつけながら批判をしているつもりではありますが、もう一つ、受け取る側がアサーティブでない場合、やっぱりコミュニケーションは上手くいきません。
アサーティブに批判を受け止めるということは、「当たっている批判」なのか「当たっていない批判」なのかを自分の側で判断し、当たっていれば「その通りでした」と率直に受け止めます。当たっていなければ、「私はそのようには考えません」と静かに相手に意見を伝えて、話し合いの場を設けます。
批判を受ける際には、もう一つ大切なポイントがあります。
その時の感情にアサーティブに向き合うということです。
批判を受けるとかっとなったり、頭が真っ白になったりします。あるいは、「この人に嫌われた」「自分のことを否定された」とショックを受ける場合もあるでしょう。
その際の気持に振り回されるのではなく(要するに、かっとなったまま言い返すとか、傷ついて黙ってしまうのではなく)、その自分の気持をそのまま言葉に出すということです。
「ショックでした」、「めげますね」、「その言葉はかなりつらいです」
そうすることだけでも、ずいぶんと肩の力が抜け、前向きな話し合いになると思います。
日々の生活の中で、ともに生活をしている人たち、一緒に仕事をしている人たちと、きちんと向き合いながら、率直に建設的に話し合いをしていきたいと思います。
小さなことでもアサーティブに
事務所に朝から出勤する日は、近くのカフェでテイクアウトのコーヒーを買います。マイカップを持っていき、トールサイズのコーヒーを注文してオフィスに持って帰ります。
さて、タンブラーを購入して、トールサイズを注文するようになって、あることに気づきました。入れてくれる定員さんによって、コーヒーの量が多かったり少なかったりするのです。普通のマグカップであれば入る量は決まっているのですが、タンブラーとなるとどうも量がばらばらで、気になりつつ毎回購入していました。
にっこり笑顔の定員さんからコーヒーを受け取り、受け取った後クリームを入れるためにふたを開けると、少なくてがっかりしたり、多くてちょっと得した気分になったり。
とはいえ、スタッフによって量が違っては困ります。特に多いときは気にならないのですが、少ないときには「同じお金を払っているのに・・・」と、心に不満がたまります。
いつかは言おう、言おうと思いつつ、どうもアルバイトを始めたばかりの若い定員さんの顔を見ると気持ちがなえてしまう私。
その日の朝は、元気のいい、おそらく先輩格の定員さんの日でした。元気に「おはようございます」と言ってくださったので、私も言う勇気が出てきました。
「あの、言いづらいのですが。毎回、タンブラーを持ってトールサイズを注文するのですが、どうも多かったり少なかったりで量の差があるようなのです」
「タンブラーだったら、たっぷり、入るはずですが」
「そうなのですが、スタッフの方によっては、少ないときがあるのです。少ないときに、『少ないので足してください』と言うのが、なかなか言えなくて困ってたんです。
こちらは毎日のように利用させていただいていますので、どうかスタッフの方に統一した量を入れていただけるよう、お話していただけますか」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
その定員さんは、にっこり笑って気持ちよく、たっぷりコーヒーを注いでくれました。
その後はその店で、スタッフによって量が違うということがなくなりました。
なーんだ、悩んでないでもっと早く言えばよかった。
ちょっとしたことですが、アサーティブに言えてとてもすがすがしい気持ちになりました。
さて、タンブラーを購入して、トールサイズを注文するようになって、あることに気づきました。入れてくれる定員さんによって、コーヒーの量が多かったり少なかったりするのです。普通のマグカップであれば入る量は決まっているのですが、タンブラーとなるとどうも量がばらばらで、気になりつつ毎回購入していました。
にっこり笑顔の定員さんからコーヒーを受け取り、受け取った後クリームを入れるためにふたを開けると、少なくてがっかりしたり、多くてちょっと得した気分になったり。
とはいえ、スタッフによって量が違っては困ります。特に多いときは気にならないのですが、少ないときには「同じお金を払っているのに・・・」と、心に不満がたまります。
いつかは言おう、言おうと思いつつ、どうもアルバイトを始めたばかりの若い定員さんの顔を見ると気持ちがなえてしまう私。
その日の朝は、元気のいい、おそらく先輩格の定員さんの日でした。元気に「おはようございます」と言ってくださったので、私も言う勇気が出てきました。
「あの、言いづらいのですが。毎回、タンブラーを持ってトールサイズを注文するのですが、どうも多かったり少なかったりで量の差があるようなのです」
「タンブラーだったら、たっぷり、入るはずですが」
「そうなのですが、スタッフの方によっては、少ないときがあるのです。少ないときに、『少ないので足してください』と言うのが、なかなか言えなくて困ってたんです。
こちらは毎日のように利用させていただいていますので、どうかスタッフの方に統一した量を入れていただけるよう、お話していただけますか」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
その定員さんは、にっこり笑って気持ちよく、たっぷりコーヒーを注いでくれました。
その後はその店で、スタッフによって量が違うということがなくなりました。
なーんだ、悩んでないでもっと早く言えばよかった。
ちょっとしたことですが、アサーティブに言えてとてもすがすがしい気持ちになりました。
団塊世代夫婦のコミュニケーション
先日のある研修で、会社員の男性の方が自己紹介される際に、
「1歳半の子どもをベビーカーに乗せて散歩をしているときは至福の時。こんな晴れた土曜日は、子どもと一緒に過ごしたい」
ということをおっしゃっていました。
別の研修でも、「仕事以外で好きなことは?」という質問に、
「子どもと遊ぶこと」と答えていらっしゃる男性の方が、複数いました。
男性のこんな発言を聞くと、ここ数年で時代は本当に変わってきたなあと感じます。
それと対照的な場面にも、時々出くわします。
別の団体で研修を担当したとき、トップの方々が楽しそうにお話されていました。
「いやあ、私なんて、下着がどこにあるか、靴下がどこにあるか、全く知らないでしょ。
家に帰ったらテレビを見てふんぞり返っていれば、めしが出てくるし。
女房は私と話したがっているけれど、話していることが私は全くわからない」
数年前になりますが、団塊世代の男性マネジャーに、質問をしたことがありました。
「地球が滅亡するとして、大切なものを2つ持っていくとしたら、何を持っていきますか」
男性マネジャーのほぼ100%のが、「うちのかみさんと、趣味のもの」と答えました。
一方、病院の師長さんたちで同世代の女性に、同じ質問をしたことがありました。
8割以上の女性が、「ダンナは置いていく」と答えたのです。
なるほど、団塊世代の夫婦はこんなにコミュニケーションギャップがあるのねと、おどろき、同時にかなりの危機感を感じたことを覚えています。
しかし、最近の30代の男性会社員の方々は、堂々と「子どもと一緒にいることが楽しい」と話してくれます。家族も仕事も大切にしている様子が、日常の中でも見られます。仕事だけが全てではないという時代が、夫婦の関係にこれほどまでに大きな影響を及ぼしているのですね。
「地球が滅亡する際に何を持って行きますか」と言う質問に、今の30代、40代の夫婦だったら、それぞれが「連れ合いをつれていきます」と答えるのでしょう。
これからの数年は、団塊世代の夫婦のコミュニケーション危機に対して、真剣に取り組んでいかなければならない時期にあるのかもしれません。
「1歳半の子どもをベビーカーに乗せて散歩をしているときは至福の時。こんな晴れた土曜日は、子どもと一緒に過ごしたい」
ということをおっしゃっていました。
別の研修でも、「仕事以外で好きなことは?」という質問に、
「子どもと遊ぶこと」と答えていらっしゃる男性の方が、複数いました。
男性のこんな発言を聞くと、ここ数年で時代は本当に変わってきたなあと感じます。
それと対照的な場面にも、時々出くわします。
別の団体で研修を担当したとき、トップの方々が楽しそうにお話されていました。
「いやあ、私なんて、下着がどこにあるか、靴下がどこにあるか、全く知らないでしょ。
家に帰ったらテレビを見てふんぞり返っていれば、めしが出てくるし。
女房は私と話したがっているけれど、話していることが私は全くわからない」
数年前になりますが、団塊世代の男性マネジャーに、質問をしたことがありました。
「地球が滅亡するとして、大切なものを2つ持っていくとしたら、何を持っていきますか」
男性マネジャーのほぼ100%のが、「うちのかみさんと、趣味のもの」と答えました。
一方、病院の師長さんたちで同世代の女性に、同じ質問をしたことがありました。
8割以上の女性が、「ダンナは置いていく」と答えたのです。
なるほど、団塊世代の夫婦はこんなにコミュニケーションギャップがあるのねと、おどろき、同時にかなりの危機感を感じたことを覚えています。
しかし、最近の30代の男性会社員の方々は、堂々と「子どもと一緒にいることが楽しい」と話してくれます。家族も仕事も大切にしている様子が、日常の中でも見られます。仕事だけが全てではないという時代が、夫婦の関係にこれほどまでに大きな影響を及ぼしているのですね。
「地球が滅亡する際に何を持って行きますか」と言う質問に、今の30代、40代の夫婦だったら、それぞれが「連れ合いをつれていきます」と答えるのでしょう。
これからの数年は、団塊世代の夫婦のコミュニケーション危機に対して、真剣に取り組んでいかなければならない時期にあるのかもしれません。