今になってですが、1年前に大阪のドーンセンターで行ったアン・ディクソン氏の講演録の作成をしています。今年度中にアンさんの講演録をブックレットにする予定で、やっと昨日、最後の編集を終えました。
日本語と英語のブックレットになって、来年度初めには出版の予定です。
講演の当日、私は通訳やらコーディネートやらで頭がいっぱいで、実際彼女が何を話していたのかほとんど覚えていません。しかし、彼女の講演録を何度も読み返し、日本語に翻訳していく作業をしながら、彼女が伝えようとしていたアサーティブネスの哲学に再度触れて深い感動を覚えています。
アンさんは言っています。
「攻撃的でも競争でもない、別のやりかたは必ずあるはずです」と。
「別のやり方」を、彼女は「another way」と表現しています。要するに、相手を責めるのでも自分を責めるのでもなく、また自分のほうが正しくて相手は間違っているというスタンスから話をするのでもなく、別のやり方で話し合う方法はあるのだ、ということです。
先日の講座でも、立場の違う相手とどのように向き合うのかということをテーマに、議論をしました。10代後半の娘に居間に置いた洋服を片づけるよう話をする母親の課題です。親としての責任と威厳を持ってきっぱりと言うのは大切ですが、同時に相手を一人前の対等な大人として、家族の一員としてしっかり向き合い話をする、ということに取り組みました。
長い間時間をかけて築かれた関係性の50%の責任は、私たち自身にあります。どんなに相手が悪いと思っても、それを許してきた自分自身の責任もあるのです。それを認めた上で、「これ以上これを続ける自分自身のパターンをやめる」と自分で決め、それを静かに相手に伝えることにほかなりません。
それは、娘に説教しながらも自分で片づけてしまうという母親の役を降りて、対等な家族の一員として居間の使い方を話し合い、彼女に協力を求めると同時に、自分が娘の代わりに服を片づけることをやめるということなのです。
自分の行動を、相手のせいにするのをやめること。
変わるのは、自分。
相手と対等になる地平は、そんな自分の決断から始まるのでしょう。
別のやり方がある
日々の生活をアサーティブに
私たちは、アサーティブネスを教えることのできる「アサーティブネストレーナー」の養成も行っています。年度末の1月から3月は、トレーナーの認定時期でもあるので、ここのところ私は何人ものトレーナー認定やレベルアップの認定を行っています。
さて、アサーティブトレーニングのトレーナーとは、主には、アサーティブネスの理論を正しく伝えることができるスキルと同時に、20人程度の参加者が体験的に学ぶことができるように、様々なディスカションやロールプレイ等を取り入れて、グループをファシリテートするスキルが求められます。
グループの「ファシリテート」がきちんとできることが、アサーティブネストレーナーの必要条件なのですが、もう一つとても大事なことがあります。
それは、自分自身が日々アサーティブに生きているだろうか、職場や家庭での人間関係でアサーティブな関係を作ろうと意識し努力しているだろうかということです。
講座などの場で、アサーティブに振舞うことはできますし、アサーティブネスの理論を立派に伝えることは、ある程度練習と体験を積めば誰にでもできることです。
大事なことは、講座の間以外の場で、日常生活の中で、自分自身がアサーティブに生きようとしているかだと私自身は信じています。
この間、トレーナーとしてチャレンジしてくださっている方々を見ると、日常生活でアサーティブネスを実践している方が大変大きな成長を遂げていることに気づきます。時間をかけても大切な人間関係を、誠実で率直で対等なものにしていこうという努力は、確実に形になっているのが見えるのです。
日常的にアサーティブであるためのチャンスは、どこにでも転がっています。友人に、レストランのウェイターに、銀行の窓口で、はっきりと自分の要求を伝えてみる。姿勢を正して、相手を見下したり自分が卑下したりしないで、率直に言葉にしてみる。
家族に、「いつもありがとう」と声をかけてみる。身近な友人に「この間は助かりました」と顔を見てはっきりと伝えてみる。気の進まない飲み会に、「今回は家でゆっくりしたいからお断りします」と伝えてみる。
そんな小さなことから、初めてみてはどうでしょうか。
長い道も初めの一歩から始まります。
さて、アサーティブトレーニングのトレーナーとは、主には、アサーティブネスの理論を正しく伝えることができるスキルと同時に、20人程度の参加者が体験的に学ぶことができるように、様々なディスカションやロールプレイ等を取り入れて、グループをファシリテートするスキルが求められます。
グループの「ファシリテート」がきちんとできることが、アサーティブネストレーナーの必要条件なのですが、もう一つとても大事なことがあります。
それは、自分自身が日々アサーティブに生きているだろうか、職場や家庭での人間関係でアサーティブな関係を作ろうと意識し努力しているだろうかということです。
講座などの場で、アサーティブに振舞うことはできますし、アサーティブネスの理論を立派に伝えることは、ある程度練習と体験を積めば誰にでもできることです。
大事なことは、講座の間以外の場で、日常生活の中で、自分自身がアサーティブに生きようとしているかだと私自身は信じています。
この間、トレーナーとしてチャレンジしてくださっている方々を見ると、日常生活でアサーティブネスを実践している方が大変大きな成長を遂げていることに気づきます。時間をかけても大切な人間関係を、誠実で率直で対等なものにしていこうという努力は、確実に形になっているのが見えるのです。
日常的にアサーティブであるためのチャンスは、どこにでも転がっています。友人に、レストランのウェイターに、銀行の窓口で、はっきりと自分の要求を伝えてみる。姿勢を正して、相手を見下したり自分が卑下したりしないで、率直に言葉にしてみる。
家族に、「いつもありがとう」と声をかけてみる。身近な友人に「この間は助かりました」と顔を見てはっきりと伝えてみる。気の進まない飲み会に、「今回は家でゆっくりしたいからお断りします」と伝えてみる。
そんな小さなことから、初めてみてはどうでしょうか。
長い道も初めの一歩から始まります。
自分は本当に伝えてきたのだろうか
週末に行った準備講座では、かなり深い議論をしながら「気持ちの言葉に含まれる攻撃性」について話をしました。
アサーティブネスには気持ちを言葉にするというポイントがありますが、自分を基軸とするのか相手を基軸とするのかによって、相手への伝わり方が全く変わってきます。
「あなたがお皿を片付けてくれないのを見ると、私は悲しい」
などの表現の裏には、「私が悲しいのはあなたのせいだ」と、暗に、しかしはっきりと、相手を責めています。
言われた相手は、その言葉よりも、相手の言葉の裏にある攻撃性によって、話し合いの前にこころの扉を閉めてしまいます。
ここで、コミュニケーションはストップとなります。
「たかがお皿」と「されどお皿」の間の深い溝については、アサーティブトレーニングの中でもくり返し出てきたテーマでした。
一番大きな問題は、「“たかがお皿”と思っている相手の方が悪いのだ」という前提で話を始めてしまうことです。
「たかがお皿」と思っている相手にはそれなりの理由があります。そのことについてしっかり話し合ってこなかった自分自身の責任を認めることからしか、相手との対等な地平を築くことはできません。
話し合いをするということは、「たかが」と「されど」の間のギャップを埋めていく、ということです。
相手にとっては「たかがお皿」であっても、自分にとっては「されどお皿」。それを伝えてこなかったのは、自分自身の責任です。言わなくてもそれくらいわかるべきだ、それくらいのことは知ってて当然だ、というところからではなく、二人のコミュニケーションのありかたを自分からリセットしてみる。自分は本当にちゃんと伝えてきたのだろうかと振り返って、謙虚に話し始めてみる。
そこからスタートすることで、これまでとは違った話し合いになってくると思います。
アサーティブネスには気持ちを言葉にするというポイントがありますが、自分を基軸とするのか相手を基軸とするのかによって、相手への伝わり方が全く変わってきます。
「あなたがお皿を片付けてくれないのを見ると、私は悲しい」
などの表現の裏には、「私が悲しいのはあなたのせいだ」と、暗に、しかしはっきりと、相手を責めています。
言われた相手は、その言葉よりも、相手の言葉の裏にある攻撃性によって、話し合いの前にこころの扉を閉めてしまいます。
ここで、コミュニケーションはストップとなります。
「たかがお皿」と「されどお皿」の間の深い溝については、アサーティブトレーニングの中でもくり返し出てきたテーマでした。
一番大きな問題は、「“たかがお皿”と思っている相手の方が悪いのだ」という前提で話を始めてしまうことです。
「たかがお皿」と思っている相手にはそれなりの理由があります。そのことについてしっかり話し合ってこなかった自分自身の責任を認めることからしか、相手との対等な地平を築くことはできません。
話し合いをするということは、「たかが」と「されど」の間のギャップを埋めていく、ということです。
相手にとっては「たかがお皿」であっても、自分にとっては「されどお皿」。それを伝えてこなかったのは、自分自身の責任です。言わなくてもそれくらいわかるべきだ、それくらいのことは知ってて当然だ、というところからではなく、二人のコミュニケーションのありかたを自分からリセットしてみる。自分は本当にちゃんと伝えてきたのだろうかと振り返って、謙虚に話し始めてみる。
そこからスタートすることで、これまでとは違った話し合いになってくると思います。
ほっと一息
1月後半は目の回るような忙しい日々でした。毎日のように講座に出かけ、事務所に立ち寄る時間さえありませんでした。
風邪を引かないための私の注意点は、食べ過ぎないことと、よく眠ること。
私の講座にいらした方には時々お話していますが、私は早寝早起きの人間ですから、この忙しい時期にも毎晩10時には寝ていました。朝は5時起き。
たっぷり7時間は眠っているので、なんとか体が持っているようです。
久しぶりに事務所に戻った今週は、たまった仕事がまさに山のようにあり、ここでも目の回るような1週間を過ごしました。山が丘になり、来週には丘の先が見えてきそうです。
あっという間に2月になりました。
2月は逃げる、3月は去る。
年度末までかけ続ける日々が続きそうです。
風邪を引かないための私の注意点は、食べ過ぎないことと、よく眠ること。
私の講座にいらした方には時々お話していますが、私は早寝早起きの人間ですから、この忙しい時期にも毎晩10時には寝ていました。朝は5時起き。
たっぷり7時間は眠っているので、なんとか体が持っているようです。
久しぶりに事務所に戻った今週は、たまった仕事がまさに山のようにあり、ここでも目の回るような1週間を過ごしました。山が丘になり、来週には丘の先が見えてきそうです。
あっという間に2月になりました。
2月は逃げる、3月は去る。
年度末までかけ続ける日々が続きそうです。