ここのところの陽気で、国立の桜の花が一気に開きました。大学通りの桜が青空に映える、美しい春の季節になりました。
さて、1週間ほど前に私は伊豆で講座を担当してきました。呼ばれていった場所は、『ライフハウス友だち村』という場所で、伊豆の修善寺から車で15分、緑と川のそばにある自然に囲まれた美しい場所でした。
『生い立ちや家族関係、人柄や個性、考え方や得手・不得手などを理解し、「人間を丸ごと肯定しあう」ことができれば、お互いに共感し尊重しあう関係性を育てあうことができるのではないかと思います。』(友だち村の歴史)ということで始まった友だち村。実は、私たちのトレーナー養成講座を修了したDさんが、その中心の役割を担っている場所でもありました。
7年ぶりくらいに会ったDさんは、変わらずはきはき話し、凛とした姿勢の素敵な女性のままでした(いや、以前にもまして素敵でした)。
「汐生さん。コミュニティ作りは、コミュニケーション作りね」
開口一番、Dさんはため息まじりにそう話します。
“新しいコミュニティを作る”といっても、価値観もバックグラウンドも違う人たちが、一から話し合いをしながら一つの集合体を作るわけです。コミュニティを作るということは、とりもなおさずコミュニケーションを作るということと同じだというDさんの言葉に、私は深くうなずいていました。
「本当に、アサーティブネスを知っていてよかったわ」。
Dさんはそんな風に言ってにっこりしましたが、その笑顔の裏にある苦労を、私自身は痛いほど感じていました。新しいものを一から作り上げていく大変さ。きっと並々ならぬ苦労もあったことでしょう。
アサーティブネスのスキルを知っているということも大切ですが、Dさんの姿に見たのは、理念を持ち目標を共有しつつ、粘り強く話し合いを続けていく忍耐と、対等な姿勢、人間関係を丁寧に作っていこうとする希望、そして時々くじけそうなときに自分と仲間をねぎらうことを忘れない優しさでした。
そんなDさんの生きる姿勢そのものが、アサーティブな生き方のモデルであるなあと、心から感じた週末の体験でした。
みなさんも、チャンスがあったらぜひ訪れてみてください。
コミュニティ作りはコミュニケーション作り
終わりは始まりの第一歩
2月、3月は、様々な講座が「修了」する時期でありました。大阪と東京での3回にわたる準備講座の修了、トレーナー養成講座の認定研修の修了。どの講座でも最終日には名残を惜しむ方々同士が、一緒にご飯を食べたりお茶を飲んだり。
初めて出会った参加者同士、何度も顔を合わせて真剣に話し合ったりロールプレイをしたりフィードバックをしあったりする中で、職場や友人よりも、もっと深く理解しあうという場合があります。講座の中では、率直な意見交換や心を開いた気持ちの表現などが、あちこちで活発に行われていました。
最終日、別れを惜しむいくつもの顔を見ながら、私自身はとってもすがすがしい気持ちでおりました。
終わりは新しいステージの始まり。アサーティブネスという道具を身につけたのですから、後は日常生活の中で日々アサーティブに生きるという「現実」が待ち受けているだけです。日々の生活の中で、一つひとつ自分の気持ちに誠実に、相手と対等な関係とは何かを考え続けながら、日々を手探りしていくほかないのでしょう。
この季節は区切りの季節でもあります。これまでの1年を振り返りながら、これから先、自分はどのように生きていきたいのかを、真面目に考えるひとときにしてみてもいいのかもしれません。
私自身は、アン・ディクソンさんにいただいたメッセージの中で、今もこれからも、絶対に大切にし続けたいことがあります。
それは、私自身がアサーティブに生きることにチャレンジし続けること。
どんなに難しい課題や立場や考え方の違う人と向き合おうとも、問題解決の第一歩は、私自身がアサーティブでいることからしか始まらない。
それを肝に銘じて、春を迎えたいと思います。
終わりは始まりの第一歩。
みなさんの新しい一歩に、心からエールを送ります。
初めて出会った参加者同士、何度も顔を合わせて真剣に話し合ったりロールプレイをしたりフィードバックをしあったりする中で、職場や友人よりも、もっと深く理解しあうという場合があります。講座の中では、率直な意見交換や心を開いた気持ちの表現などが、あちこちで活発に行われていました。
最終日、別れを惜しむいくつもの顔を見ながら、私自身はとってもすがすがしい気持ちでおりました。
終わりは新しいステージの始まり。アサーティブネスという道具を身につけたのですから、後は日常生活の中で日々アサーティブに生きるという「現実」が待ち受けているだけです。日々の生活の中で、一つひとつ自分の気持ちに誠実に、相手と対等な関係とは何かを考え続けながら、日々を手探りしていくほかないのでしょう。
この季節は区切りの季節でもあります。これまでの1年を振り返りながら、これから先、自分はどのように生きていきたいのかを、真面目に考えるひとときにしてみてもいいのかもしれません。
私自身は、アン・ディクソンさんにいただいたメッセージの中で、今もこれからも、絶対に大切にし続けたいことがあります。
それは、私自身がアサーティブに生きることにチャレンジし続けること。
どんなに難しい課題や立場や考え方の違う人と向き合おうとも、問題解決の第一歩は、私自身がアサーティブでいることからしか始まらない。
それを肝に銘じて、春を迎えたいと思います。
終わりは始まりの第一歩。
みなさんの新しい一歩に、心からエールを送ります。
ボディランゲージの意味
メラービアンというアメリカの社会心理学者は、コミュニケーションに関する情報は、表情や態度、身振り・手振りなどが55%、声の調子や口調などが38%、そして言葉によって伝わるのはわずか7%だと言っています。
アサーティブにメッセージを伝えるためには、だからこそ、たった7%の言葉の中に、「的をしぼった」具体的なメッセージを入れて、伝えたいことが本当に伝わるように努力しなければなりません。
相手の耳に届くのは、言葉の部分は7%。だとすれば、あなたの伝えたいメッセージは、表情や態度、口調を変えることで、もっとずっと明確に伝わるかもしれないのです。
例えば、会議の席で、「つまらない意見かもしれませんが・・・」、という枕詞をつけて発表される方がいますが、それはやめましょう。「大切なことだと思いますので、よく聞いていただけますか」と真摯にまっすぐ伝えてみると、相手も真剣に聞いてくれます。
自分をおとしめた態度をとると相手は耳を傾けません。反対に、相手に対してけんか腰になって一方的な口調で伝えたとしたら、どんなにまっとうな意見であっても相手は耳をふさいでしまいます。
その意味では、大切なメッセージを「どのように」伝えているのかについては、よくよく自分の言動を振り返ってみる必要があるでしょう。
背筋を伸ばす、相手の顔を見て話す、声のメリハリをつける、落ち着いて語尾まではっきりと伝える(「○○なんですけどぉ・・・」などの言い方はしない)。
実際にロールプレイを使って伝えてみるとよくわかるのですが、ボディランゲージは、表情や態度というテクニックの部分だけではありません。相手を本当に尊重した態度であったり、誠実な口調であったり、相手に対する思いやりの心が言葉の外ににじみ出ている場合に、相手の胸に言葉が届くようなのです。
自分も相手も尊重しようとする姿勢が、コミュニケーションの態度や口調に表れてくる、それこそが、アサーティブなボディランゲージの根本にあるのだとご理解ください。
「何を」伝えるかと同じくらい、「どう」伝えるのかを意識してみること。
自分の態度を変えることで、相手への伝わり方がかわることは、日常生活の小さな場面で実際にやってみるとよくわかると思います。
堂々と胸をはって、背筋を伸ばして、目を合わせて、相手も自分も尊重した地点から話し始めてみる。
そんなところから、アサーティブネスの実践は始められるのです。
アサーティブにメッセージを伝えるためには、だからこそ、たった7%の言葉の中に、「的をしぼった」具体的なメッセージを入れて、伝えたいことが本当に伝わるように努力しなければなりません。
相手の耳に届くのは、言葉の部分は7%。だとすれば、あなたの伝えたいメッセージは、表情や態度、口調を変えることで、もっとずっと明確に伝わるかもしれないのです。
例えば、会議の席で、「つまらない意見かもしれませんが・・・」、という枕詞をつけて発表される方がいますが、それはやめましょう。「大切なことだと思いますので、よく聞いていただけますか」と真摯にまっすぐ伝えてみると、相手も真剣に聞いてくれます。
自分をおとしめた態度をとると相手は耳を傾けません。反対に、相手に対してけんか腰になって一方的な口調で伝えたとしたら、どんなにまっとうな意見であっても相手は耳をふさいでしまいます。
その意味では、大切なメッセージを「どのように」伝えているのかについては、よくよく自分の言動を振り返ってみる必要があるでしょう。
背筋を伸ばす、相手の顔を見て話す、声のメリハリをつける、落ち着いて語尾まではっきりと伝える(「○○なんですけどぉ・・・」などの言い方はしない)。
実際にロールプレイを使って伝えてみるとよくわかるのですが、ボディランゲージは、表情や態度というテクニックの部分だけではありません。相手を本当に尊重した態度であったり、誠実な口調であったり、相手に対する思いやりの心が言葉の外ににじみ出ている場合に、相手の胸に言葉が届くようなのです。
自分も相手も尊重しようとする姿勢が、コミュニケーションの態度や口調に表れてくる、それこそが、アサーティブなボディランゲージの根本にあるのだとご理解ください。
「何を」伝えるかと同じくらい、「どう」伝えるのかを意識してみること。
自分の態度を変えることで、相手への伝わり方がかわることは、日常生活の小さな場面で実際にやってみるとよくわかると思います。
堂々と胸をはって、背筋を伸ばして、目を合わせて、相手も自分も尊重した地点から話し始めてみる。
そんなところから、アサーティブネスの実践は始められるのです。
応用講座テキスト改定へ
あっというまに3月に入ってしまいました。記録的な暖冬で、事務所の外の木蓮の花がすっかり満開になってしまいました。
事務局では、年度末の事業の追い込みに忙しくしているところです。
さて、今年度最後に私が取り組んでいるのは、現在使用中の「アサーティブトレーニング」応用講座のテキスト改定です。最初に作成したのは、13年前、アスク・ヒューマン・ケアで初めて「アサーティブトレーニング」を開催した時のことでした。手作りの紙の資料だったものが、徐々に美しく構成され、1冊のテキストになったのはそれから3年ほど後のこと。
そのときから、テキストの内容はあまり変わっていません。
しかしここ数年、アサーティブネスの知名度が上がるにしたがって、アサーティブネスの定義や各テーマの取り扱いが徐々に深みを増してくるようになりました。単に自分の気持ちを伝えればいいというところから、相手と誠実に率直に向き合って、立場の違いを認めつつ本当に対等に向き合うということの意味をとても大事にするようになりました。
特に、批判の対処や怒りの取り扱いなどは、一歩間違うと相手を静かに攻撃するとんでもない武器になりかねません。ですから、自分の思いを伝えるためには、自分の中でよくよく言葉を選んで、相手を責めない自分自身の思いとして言語化する必要があります。
応用講座のテキストは、2007年度からかなり改定される予定です。誤解を招く表現や、相手を攻撃するような表現は消え、相手と本当に対等になりながら問題解決に取り組んでいく方向性をよりはっきりと打ち出すことになるでしょう。
ますます深みを増したアサーティブトレーニング応用講座を、どうぞ皆さんお楽しみに。
事務局では、年度末の事業の追い込みに忙しくしているところです。
さて、今年度最後に私が取り組んでいるのは、現在使用中の「アサーティブトレーニング」応用講座のテキスト改定です。最初に作成したのは、13年前、アスク・ヒューマン・ケアで初めて「アサーティブトレーニング」を開催した時のことでした。手作りの紙の資料だったものが、徐々に美しく構成され、1冊のテキストになったのはそれから3年ほど後のこと。
そのときから、テキストの内容はあまり変わっていません。
しかしここ数年、アサーティブネスの知名度が上がるにしたがって、アサーティブネスの定義や各テーマの取り扱いが徐々に深みを増してくるようになりました。単に自分の気持ちを伝えればいいというところから、相手と誠実に率直に向き合って、立場の違いを認めつつ本当に対等に向き合うということの意味をとても大事にするようになりました。
特に、批判の対処や怒りの取り扱いなどは、一歩間違うと相手を静かに攻撃するとんでもない武器になりかねません。ですから、自分の思いを伝えるためには、自分の中でよくよく言葉を選んで、相手を責めない自分自身の思いとして言語化する必要があります。
応用講座のテキストは、2007年度からかなり改定される予定です。誤解を招く表現や、相手を攻撃するような表現は消え、相手と本当に対等になりながら問題解決に取り組んでいく方向性をよりはっきりと打ち出すことになるでしょう。
ますます深みを増したアサーティブトレーニング応用講座を、どうぞ皆さんお楽しみに。