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アサーティブネスの自己責任とは
アサーティブネスには、相手とどのように向き合うのかの考え方があります。それは、「誠実」「率直」「対等」「自己責任」という四つの柱を大切にしながら向き合うということです。
その中でも、「自己責任」という言葉はこの間の日本社会でもしきりに使われた言葉の一つです。
アサーティブネスはコミュニケーションの方法ですので、コミュニケーションおける自己責任を考えれば、「自分の言ったことには責任を持つ、言わなかったことを誰かのせいにしない」などと言い換えることができます。
しかしながら、巷にある「自己責任」という言葉に飲み込まれ、アサーティブネスが本来目指そうとしていた意味がぼやけてしまっているような気がしてなりませんでした。
アサーティブネスは、本来、人と人との対等な関係や社会の平等を求めて、私たち一人ひとりがどのように振る舞い、主張し、関係を作っていくかのアプローチです。その意味では、自己責任を単に「個人としての発言の責任」だけに限ってしまうのは、違うのではないかとずっと思っていました。
私自身はコミュニケーションを、「パーソナルスキル」として100%個人の問題にとどめてしまうことには危惧を感じています。社会に存在する差別の現状や構造的な問題を全く抜きにして、「それはあなたの問題だ」とするところに、巷の間違った「自己責任」のとらえ方もあると思うのです。
そんなことを考えていると、12月17日の朝日新聞の「政治の監視、市民の責任」という記事で、反貧困ネットワークの湯浅誠さんの記事を読みました。少し長くなりますが、下に一部引用させていただきたいと思います。
「私たちの取るべき責任は他にある。それは、市民生活が健全に保たれるように政府・企業を監視し、法を守らせ、一人一人の命と暮らしを守る政治を行わせる、という責任である。『お金がないから仕方ない、不況だから仕方ない』と言って、結果的に弱者の命を削ることになる政策を採用しようとする政治家は、いくらでもいる。しかしそのとき、医者は、『この患者を見殺しにしろと言うのか』と、介護ヘルパーは『この寝たきりのお年寄りを放置しろと言うのか』と、労働者は『今日まで一緒に働いてきたこの仲間を路上に放り出せと言うのか』と異議申し立てしなければならない。それが、市民としての責任だ」
アサーティブネスがアメリカで大きく発展したのも、人権擁護や女性解放の運動の中で「これはおかしい」と主張し社会の問題を解決するという社会変革の目的があったからこそでした。
私自身これからどのようにアサーティブネスを伝えていくのかを、もう一度社会の問題とともにしっかり見つめ直す必要があることを肝に銘じて、新しい年を迎えたいと思います。
その中でも、「自己責任」という言葉はこの間の日本社会でもしきりに使われた言葉の一つです。
アサーティブネスはコミュニケーションの方法ですので、コミュニケーションおける自己責任を考えれば、「自分の言ったことには責任を持つ、言わなかったことを誰かのせいにしない」などと言い換えることができます。
しかしながら、巷にある「自己責任」という言葉に飲み込まれ、アサーティブネスが本来目指そうとしていた意味がぼやけてしまっているような気がしてなりませんでした。
アサーティブネスは、本来、人と人との対等な関係や社会の平等を求めて、私たち一人ひとりがどのように振る舞い、主張し、関係を作っていくかのアプローチです。その意味では、自己責任を単に「個人としての発言の責任」だけに限ってしまうのは、違うのではないかとずっと思っていました。
私自身はコミュニケーションを、「パーソナルスキル」として100%個人の問題にとどめてしまうことには危惧を感じています。社会に存在する差別の現状や構造的な問題を全く抜きにして、「それはあなたの問題だ」とするところに、巷の間違った「自己責任」のとらえ方もあると思うのです。
そんなことを考えていると、12月17日の朝日新聞の「政治の監視、市民の責任」という記事で、反貧困ネットワークの湯浅誠さんの記事を読みました。少し長くなりますが、下に一部引用させていただきたいと思います。
「私たちの取るべき責任は他にある。それは、市民生活が健全に保たれるように政府・企業を監視し、法を守らせ、一人一人の命と暮らしを守る政治を行わせる、という責任である。『お金がないから仕方ない、不況だから仕方ない』と言って、結果的に弱者の命を削ることになる政策を採用しようとする政治家は、いくらでもいる。しかしそのとき、医者は、『この患者を見殺しにしろと言うのか』と、介護ヘルパーは『この寝たきりのお年寄りを放置しろと言うのか』と、労働者は『今日まで一緒に働いてきたこの仲間を路上に放り出せと言うのか』と異議申し立てしなければならない。それが、市民としての責任だ」
アサーティブネスがアメリカで大きく発展したのも、人権擁護や女性解放の運動の中で「これはおかしい」と主張し社会の問題を解決するという社会変革の目的があったからこそでした。
私自身これからどのようにアサーティブネスを伝えていくのかを、もう一度社会の問題とともにしっかり見つめ直す必要があることを肝に銘じて、新しい年を迎えたいと思います。