養成講座の参加者のある方の話に、「なるほど」と思ったことがありました。
それは、「上級編の日本語とは」ということです。
日本語教育の中には、上級編の日本語は、語尾は濁したほうがいいという考え方があるとのことなのです。
日本語を学ぶ外国人にとっては、日本語は「言語」であると同時に「文化」でもあります。言語を通して日本の文化を体験することが、本当にたくさんあります。例えば、季節感の表現、擬態語の多様さ、語尾を濁すこと、断定的な物言いは避けることなど、です。それはそれで、素晴らしい表現もありますが、ちょっと困ることもあります。
私の友人に外国人の方が多いということもあるのですが、外国人の方と話をすると、日本語は本当に難しいということを、よく耳にします。
例えば、私の友人の日本語テキストにある会話表現で、飲み会に誘われたときの答え方は、
「○○さん、今日の夕方一緒に飲みに行きませんか」
「今日は忙しいので、ちょっと・・・」
というものです。
その友人に、「ちょっと・・・」の「・・・」って何?と聞かれ、私は言葉に詰まってしまいました。
「うーん、それは、行けないということをはっきり言わないで濁す言い方」
「濁すって、どうして濁すの?はっきり言わないの?」
そうした問いに答えるのは、私にとっては至難の業です。
「実はね、私の仕事は、日本人に、語尾まではっきり言わないと伝わらないから、はっきり伝えようね、ということを教える仕事なの。だから、この表現は私は使わないんだよね」
などなど。
イエス、ノーがはっきりしているアサーティブな表現は、日本語文化になじまないのでしょうか。外国人の方に、日本人が「ちょっと・・・」と言うときは、「ノー」の意味だよと伝えることも大事ですが、私自身は日本人の私たちが、「忙しいので、行けません」とはっきり言う方法も、合わせて伝えなければと思うのですが・・・(・・・)。