AJ代表日記

AJ代表 森田汐生のつぶやきを記します

老いを受け入れる

NPO法人アサーティブジャパンの通常総会が、5月24日に無事終了しました。今年は、伊豆の「友だち村」で総会と研修を行いました。

総会後のフォローアップ研修では、「アサーティブに生きる」というテーマでの分科会を行いました。

私は記録を兼ねて、「老いていくこととライフスタイル」という分科会に入りました。

そこには、40歳になったばかりのメンバーから65歳で現役バリバリの人まで、いろんな女性が集まって、わいのわいのと大変な盛り上がりです。

年を取っていくことの「変化」に向き合うことの、動揺や葛藤。今までできていたことができなくなっていくことの悲しみ。若さや美しさの概念を知りつつも自分の体の変化を受け入れていくことの、心の波立ち。

そんな話を共有しながら、「それでも変化しないものってなんだろう」というところに話が進んでいきます。

変化しないもの。
それは、生きてきた知恵であったり経験であったり、作り上げてきた人間関係であったり。変化するわたしと同時に、変化しないわたしもいる。自分のコアとなるものに向き合うとき、本当の自己信頼が問われるのかもしれません。

それから、どんな風に死んでいくのかという話にも発展していきます。

メンバーの中には、夫の死後に女性のコミュニティを作る、という人もいれば、「私は絶対に最後まで一人で生きて一人で死ぬ。それが一番潔い」と言う人もいました。

そんなメンバーの話を聞きながら、やっぱり素敵だなあと思うのは、自分がこれまで生きてきたことで、誰をも責めることなく、凛として立ちながら年齢を受け入れている人たち。

アサーティブに生き、アサーティブに死んでいくということは、自分の人生で誰をも責めないで、それぞれがそれぞれの人生をまっとうしていくことなのかもしれません。

そんな風に生きる人が増えることで、次に続く世代に人生の選択肢をより豊かに見せることができるのではないでしょうか。

伊豆のおいしい空気の中で、体の隅々まですがすがしく感じた2日間でした。

アサーティブネストレーナー養成が始まります

2008年度秋から、大阪でアサーティブネストレーナー養成講座が始まります。

今年度は第7期になります。1999年、任意団体の時に小さなグループで始まった第1回目から数えて、7回目となりました。

これまで6回の養成講座を振り返ってみると、アサーティブネスを取り巻く状況も「伝え手」の意味も、確実に変化してきたことを痛感します。

「アサーティブネス」という言葉の知名度が上がったことにより、私たちの団体にアサーティブネス研修が依頼されることが飛躍的に多くなりました。2007年度の主催講座だけでも延べ950名が参加され、また全国各地の団体に講師派遣を行った結果、研修や講演でアサーティブネスを学んでくださった方は、7,500人を超えました。

これだけ多くの方に、「アサーティブネス」という言葉の理念や方法を知っていただき、言葉の知名度がぐっと上がってきた結果、多くの方々が「アサーティブネストレーナー」になることを希望されるようになっています。

法人も5年目に入りました。私たち自身、アサーティブジャパンのミッションとは何か、誰に対し、何のために、アサーティブネスを伝えていきたいのか、どのような方に「伝え手」となっていただきたいのか、どんな方々が、アサーティブネスを本当に必要とし、アサーティブネスを知ることによって、本来の力を取り戻していけるのか。

そんなことを、くり返し問い直しているところです。

社会はますます複雑になり、10年前に比べるとアサーティブネスが役に立つ意味や意義も変化してきました。

15年ほど前の、「ものが言えない人」が「言える人」になるという、個人のエンパワメントや権利意識の向上だけではなくなってきました。社会の格差が広がり、アサーティブに「ものが言える」ことが求められるだけでなく、社会のどの位置にいたとしても、人間としての「対等な」視点をもって生きることの重要性をしっかりと考えなければならない時代に、私たちは生きていると思います。

人が「ひと」として尊重され、一人の対等な人間として対話ができる社会とは何か。そのために私たちに何ができるかを含めて「伝え手」となることを、私たち一人ひとりが深く認識する必要があるのでしょう。

アサーティブネスの「伝え手」として一緒にやってくださる方、ぜひ講座に参加してください。皆様の熱意と参加をお待ちしています。

「思い」はなかなか伝わらない

日本語は、ストレートな表現をなるべく避けながら、相手に自分の思いを伝えようとする言語構造のようです。そのため、日本語で「○○と思う」とか「○○な気がする」という表現をアサーティブな表現にして伝えようとすると、しばしば混乱が起きてしまいます。

英語であれば、「自分の考え」を述べるときは「I think ・・・」で始まりますし、「自分の感情」を伝えるときは「I feel・・・」で始まります。

Thinkの後には自分の考えが来ますので、気持ちとごっちゃになることはあません。

しかし、日本語でよくあるのは、「○○だと思う」とか、「○○のような気がする」という表現です。

例えば。

「最近仕事のミスが続いているが(事実)、何か悩んでいることがあるんじゃないかと思ってるよ(感情)。何かあったら相談してください(要求)」

この「思う」とは、「I wonder」という推測(考え)、あるいは「I see you・・・」という状況描写の表現であって、感情の言葉ではありません。

感情表現となると、「I feel concerned(心配している)」となるはずです。

このように、「気がする」とか「思う」を感情の言葉であるとすると、自分の本当の気持ちがわからなくなってしまいます。

日本語には、擬態語や季節描写のような言葉はすばらしく豊かな表現がありますが、こと自分の感情表現となると実際に使える言葉は比較的少ないようです。感情の言葉を自分の中で「使える語彙」として持っていないと、感情を的確に言葉で表現できずに、それが不適切な態度になったり、相手への罵倒の言葉となってしまう危険性があるのではないでしょうか。

自分の思いを相手に的確に伝えたいのであれば、なるべく伝わる言葉で具体的に、そして気持ちは気持ちとして表現できるようになるといいですね。

桜の季節に思う

今年も、アサーティブジャパンの事務所のある東京都国立市の桜が満開となりました。

何年かの海外在住の時期を除いて、学生時代からずっとここ国立市に滞在して、いったい今年で何年目になるでしょう。学生時代に親しんだ国立駅の赤い駅舎はもうなくなりましたが、駅の改札口から見える桜は、何度見ても息を呑むほど美しい風景です。

そんな桜の時期に、北海道の古い友人からお手紙をいただきました。

北海度の札幌市で、人工呼吸器をつけながら暮らすSさんのパートナーである、Yさんからでした。

SさんとYさんは、5年前にフィリピンから養子を迎えました。フィリピンから迎えた女の子は、1歳のとき実は私もフィリピンで会っています。ちょうどその頃、フィリピンのNGOを運営していた友人の頼みで、「その子に会ってきてほしい」と言われたのでした。

目がくりくりしてまだ赤ちゃんだった女の子は、Yさんが送ってくれた新聞記事(北海道新聞3月24日付)によると、もう今年小学校に入学する6歳となっていました。

そこには、「心で育てた養女、小学生に」とあり、愛情を持った一つの家族として、この5年間共に暮らしてきた3人の姿が描かれていました。

血縁だけではない家族があることは、私自身が10年ほど前に障害を持つ友人と一緒に暮らしながら、子育てをしていたときに痛感したことです。そんな家族もまたあって、それも一つの家族として十分なのだと、その頃からずっと思っています。

血のつながりもあるけれど、愛情をいっぱいに注ぎながら一日一日ベストを尽くして生きているYさん夫婦のことを思い出し、心がほんのり桜色に染まりました。

桜の季節は、出会いがあったり別れがあったり、人生の様々なストーリーに触れる時です。自分のこれまでの人生を振り返り、出会った人、別れた人の顔を思い出しながら、桜の花を見上げる春となりそうです。

Aさん、ありがとう

去る2月20日のこと。私たちの団体の大切なトレーナーの会員の仲間が、5年半に渡る闘病生活の末に亡くなりました。

享年39歳でした。

今年の1月頃まで元気な声を聞いていたので、訃報を聞いたときはショックのあまりに頭が真っ白になりました。それからも何度かAさんのことを会員の方々と話すチャンスがありましたが、思い出すと今なお胸がしめつけられるような気がします。

Aさんと出会ったのは、10年くらい前のことでした。福岡の自治労による夏の研修で、アサーティブトレーニングを担当させていただいたとき、目をキラキラさせて皆と話をしている素敵な女性がいることに気づきました。

それが、Aさんでした。

研修が終わった後は、担当者と一緒に居酒屋に行き、そのとき初めてAさんが保健師であると同時に、地域の組合リーダーのまとめ役であることを知ったのです。

それから縁があって何度かお仕事を一緒にし、彼女はアサーティブネストレーナー養成講座に東京まで参加しに来てくれました。そこからアサーティブジャパンの会員としての長いおつき合いが始まりました。

その後、Aさんは治療の合間に子どもを産み、治療をしながら子育てを張り切ってやっていらっしゃったようでした。

彼女の写真を見ると今も涙が出そうになります。明るくて、面白くて、ひょうひょうとしていて、でも物事をいつも真剣に見つめていたAさん。人と人とをつないで結んで、ネットワークを作るのが上手でした。

私の身近な人間関係でも、がんを患っている人が何人かいます。手術しても、本当の闘いはそこから始まるのですよね。再発の恐怖と闘いながら、毎日を懸命に生きることをそばで一緒にやっていくことしか、今の私はできませんけれども。

Aさんのことがあってから、一日一日を大切に生きようと更に強く思うようになりました。今日一日を、本当に大切に生きること。悔いのないように過ごすこと。生きててよかったと思える一日にすること。

そんなことを、Aさんは教えてくれました。本当に、ありがとう。Aさん。
Aさんのご冥福を、心からお祈りしたいと思います。